唐瓜さんと茄子さんに会ったのは全くの偶然だった。
 その日はお母さんも用事があってお父さんも仕事。ただ家に一人でずっといるのが嫌で、あてもなく散歩していると前方に毬栗頭とふわふわとした髪が見えたから俺は二人へ駆け寄った。そして桃源郷へ行くと言う二人へついて行く事にしたんだ。
 そう、俺は暇潰しになるし白澤さんの所ならまた色々聞けるかもしれないなんて考えていて、断じてこんな変な生き物を見るために来たんじゃない。

「どう可愛いでしょう?猫好好ちゃん」
「これ何なんですか…」
「ん?猫だよ。当たり前じゃない」

 いや違う。これはUMAだ。そうに違いない。
 と言うか茄子さん何で目輝かせてるんですか。なんでその変な生き物抱きあげられるんですか。

「さすがは白澤様だなあすげえや!俺こんなの考えつきもしねえもん」
「そうー?いやあ、照れるなあ」

「か、唐瓜さん」
「言うな。言っちゃ駄目だ多喜くん!」

 茄子さんが人とはずれていて、所詮芸術家タイプである事は昔閻魔庁の壁画を見ながらお父さんに教えてもらっていた。けれどまさか、こんな未確認生物にまで芸術的センスを感じてしまうとは思っていなかった…芸術って思っていたよりも奥深い。
 唐瓜さんが必死に止めるから俺は口を噤んで盛り上がる小鬼と神獣を眺める。にこにこと何時もの何を考えているのか良く分からない笑顔の白澤さんは、奥から墨と紙と線香を持ってきた。

「茄子くんは才能があるからもしかしたら出来るかもしれないよ」

 え?なにを?唐瓜さんと俺の意志がシンクロした。
 いたってマイペースな茄子さんは、そんな俺たちなど気にせずに紙に何かを描く。ちなみにこの時、俺達は茄子さんたっての希望で外に出ていた。
 さらさらと筆を動かす茄子さんの後ろから顔を覗かせて俺は素直にすごいと思った。噂通り、いやそれ以上の腕前だった。立体的な蝶は紙から飛び出て、そのまま空へと飛び立つ。桃源郷の綺麗な空に舞う蝶は本物と変わりなく綺麗だ。

「すごい…」
「多喜くんもやってみる?」

 思わず見惚れている俺の前に紙と筆が差し出される。顔をそちらへ向ければ、そこには笑顔の白澤さん。俺は首を振って丁重にお断りした。そんな芸当出来る気がしない。

「って、うわ!お前なに出してんだよ!?」
「でっかいう○こ出そうと思って!」
「宝のもちぐされだよホント…」

 それに俺は茄子さんのように人から逸脱したセンスなんて持っていない、というか持ちたくないから。
 唐瓜さんの必死の制止も虚しく美しい桃源郷に嫌な匂いが立ちこめる。匂いの発生源を見たくもない俺は鼻を摘みながら、そさくさとここを後にする事にした、のだけど…

 ニャーン

 目の前に現れたUMAに行く手を阻まれてしまう。震えて今にも消えてしまいそうなそれ(白澤さん曰く猫好好)は、奥の見えない真っ黒な瞳のようなものをにんまりと丸めて俺の足にすり寄ってきた。途端にぞっとする。

「あれ?こいつ君に懐いたみたいだね」
「はあ!?どうにかしてくださいよ!」
「無理無理、こいつの特技は意地でもつきまとう事だからね。三日間は絶対に離れない」
「いやがらせですか…」
「それ桃タロー君にも言われたよ」

 そんな荒んだ目をするくらいなら出さなければいいのにと思ったのはきっと俺だけではない。唐瓜さんの同情に満ちた視線を背中に受けながら俺は足元で鳴き声をあげるUMAを見下ろす。三日間意地でもつきまとうという変な猫。

「にゃーん」
「う…っ」

 なんでだろう、ずっと見てると妙にこいつが可愛く思えて来た。



 結局俺は猫好好を連れて帰る事になった。事の元凶である白澤さんは、やけににやにやして見送って来たから脛を蹴ってやった。多分暫くは動けないだろう。
 家に帰るとお母さんは悲鳴を上げて、お父さんは物凄く嫌そうな顔をした。なんでも今日の昼間、桃太郎さんが全く同じ生き物を連れて来たそうだ。
 今にも捨てて来なさいと言いだしそうなお父さんには、三日だけだからと言い張ってどうにか飼う許可をもらった俺は猫好好とこの三日間毎日一緒だった。それこそおはようからおやすみまで。お風呂にまで連れて行った。

「………」

 だから三日後、朝起きると猫好好は消えていて、どうしようもなく寂しくなった。その俺の寂しがりようは両親も心配になるほどだったらしい。お母さんはもちろんの事、お父さんまで俺に気を使ってお菓子を大量に買ってくれたりもした。でも違うんです。お菓子とか美味しいご飯とか、両親の愛情もとても嬉しいのだけど、これは俗にいうペットレスってやつなんです。 
 いじけて最近になって作ってもらった自分の部屋で俺は畳みに寝転がる。すると窓がカタカタと鳴っている事に気がつく。俺は重たい体を起こして窓に近づいた。外は暗くてあまり良くは見えない。音は下からする。

「にゃーん」

 下へ視線を向けると、窓越しに大量の白い猫が蠢いていた。

「気持ち悪!!」

 あまりの異様な光景に俺は反射的にカーテンを閉めて部屋を飛び出した。数日前の俺に言いたい。やっぱりあれはUMAだ。全然可愛くなんてないぞ!
 そんなこんなでペットロスから脱却した俺に二人が安堵の息をついたのはお父さんに大量のそれを桃源郷に送りつけてもらった数分後の事である。

140429