ここ最近、子供たちが妙に素っ気ない。
 男である多喜だけならばもうそういう年頃か、と納得できるものの、もう一人娘の喜子もとなると話は違ってくる。暇さえあればお父さん、と呼んで抱っこをせがんでくるあの子に避けられる日が来ようとは、まさに夢にも思わなかった。

 始めこそ何があったのかと聞きだそうとして、仕事を早めに切り上げてみたり、ご機嫌取りに新しいぬいぐるみを買ってきたりとしたのだが、その度に喜子はうずうずと瞳を輝かせ、それでも頑なに傍に寄ろうとはしなかった。何時も名前の背中に隠れるか、子供部屋に入り込んでしまうのである。
 次に鬼灯はまだ話の出来そうな多喜を問い詰めてみた。今回は機嫌取りなどなく、単刀直入に部屋に引っ込もうとした息子の襟首を掴んで詰め寄った。

「え、っと…喜子も、ほらお年頃ってやつですよきっと」

 お年頃と言って浮かぶのは「もうお父さんと一緒にお風呂入ったりしません!」等と一人距離を置く可愛い娘の姿だった。
 あまりのショックに流石の鬼灯も唖然として、気を取り直した時には多喜は既に居らず、何時の間にか傍には心配そうな顔をした妻が立っていた。

 そんな日々を過ごして一週間、真相を知りたい気持ちはあれど本当にお年頃と言う奴ではないかと怖くなって、更なる追求が出来ずにいる。
 鬼灯は自分でもわかるくらい気の立っている。こういう時はストレス発散に金棒でも振り回して亡者を呵責したいのだが、今日に限ってトラブルは起きず、閻魔もサボらずに仕事をこなし、白澤が姿を見せる事もない。一週間前には渇望したはずの何もない穏やかな一日がこれほどまでに苦痛になろうとは…眉間の皺を最大限に濃くして乱暴な手つきで巻物を荷車へ投げ入れる。すると閻魔大王がヒっと息をのんでから、伺うように体を乗り出して来た。

「あ、あのさー鬼灯くん。今日はもう仕事もないしちょっと早いけど上がったらどうかな?」
「…ではこの巻物を戻してから、」
「だ、大丈夫!唐瓜くんと茄子くんがやってくれるから!」
「大王」
「な、なに?」
「何か…隠してやいませんか?」

 鋭い視線が向かうのは閻魔の机の上に置かれた書類の束。もちろんこれらは閻魔の仕事であり、本来であれば鬼灯に課せられた仕事ではない。今日一日真面目に仕事をこなしても終わらなかったそれらを閻魔は大きな体で隠した。やはりおかしい。何時もなら「鬼灯くん手伝って!」と泣きついてくるくせに。

「隠してないよー!」

 なら何で目を見て言わないのかこの馬鹿は。沸々と溜っていた鬱憤が腹の底で沸騰する感覚があった。ジリと鬼灯が一歩閻魔の方へ踏み出す。閻魔の途方に暮れた眼差しの先にはハシビロコウよりも凶悪な大蛇の双眼が迫っていた。

「大王、ご存知ですよね…ここで嘘をつくと、どうなるのか」

 地の底を這うかのような低い声と、何時の間にやら彼の手にある道具に、閻魔の心はぽっきりと二つに折れた。
 ごめんよ名前ちゃん…一週間前少し恥ずかしそうにお願いに来た自身の補佐官の妻の顔を思い浮かべ、迫りくる大蛇と錆びた血液の付着したヤットコを前に、閻魔は床へと額を擦りつけた。



「お、おかえりなさい…今日は、そのお早いんですね」

 あえて無言のまま居間へ突入すれば、何やら慌てたようにして名前が台所の方から顔を覗かせた。白い顔を青くさせて頬を引き攣らせる姿に閻魔の密告は本当であったのだと悟る。ついでに言えば背後から感じる二つの視線も彼の確信を強めた。

 ―ああ、もうなんでこうも私の妻子は…

 額に手をついて息をついた瞬間だった。盛大にクラッカーの音が鳴り響き、次いで腰辺りに衝撃を感じる。後ろを振り返らずとも何が起こったのかは分かっていた。上半身を捻らせて額を擦りつけてくる娘の頭を手で撫でてやる。すると普段は表情の乏しい喜子もこうして可愛らしい笑みを見せてくれる。

「おめでとう、お父さん」
「はい、ありがとうございざいます」

 幼い喜子は計画が既に悟られていた事など気付いていない。無邪気におめでとうと繰り返す娘を腕に抱きあげて正面を向けば、そこにはやや不服そうな顔をした名前と多喜が並び立っていた。

「閻魔大王ですね」
「ええ、ちょっと交渉すると喜んで話してくださいました」
「折角の計画が水の泡です」
「おや、そうでもありませんよ?」

 声は普段通り抑揚のない物であったけれど、どこか楽しげなそれに母子は揃って首を傾げる。その様に鬼灯は、ふと微かに鼻を鳴らすと机の上を見た。
 常日頃から食には気を使ってくれる名前だが、今日は特に豪勢だ。如何にも鬼灯が好みそうな味の濃さそうな料理や寿司に、極めつけには高級日本酒『鬼殺し』まで用意されている。

「嬉しいです、ありがとうございます」

 そう話し軽く頭を垂れた鬼灯は自身の本当の誕生日を知らない。物心ついた頃にはみなしごとして村人たちに扱き使われていた。そんな彼に誕生日が出来たのは黄泉に来て暫くが経った頃だった。何やら重たげな本を両手に幼い名前が笑顔で告げたあの日の事は今でも脳裏に色濃く残っている。

『外国の方では誕生日を祝う習慣があるんですって!だから鬼灯くんの誕生日もお祝いしたいと思うの!』

 子供ならではの突拍子のつかない発想に、幼い鬼の少年がどれほど喜んでいたか名前はきっと知らないだろう。
 顔を上げればそこには恥ずかしげに、それでも嬉しそうに笑う妻の顔がある。その横には同じく少し恥ずかしそうに笑う息子と、腕には頬を擦り寄せてくる可愛い娘がいる。それだけでもう充分に一生分のプレゼントをもらっている気分なのですよ。恥ずかしいから口には出さないけれど、そんな秘めた想いを視線に託した。

140915