勇気を出して由喜に告白するより先にその父親に「娘さんを俺にください」と叫んで一カ月、ようやく怪我も癒えて来た。紆余曲折ありながらもようやく恋人となれた鬼神の末娘は父親の目を盗んでは桃源郷へと良く遊びに来て以前と変わらぬ清いお付き合いを続けている最中である。
 けれどその幸せを噛み締めつつ桃太郎は思うのだ。このままじゃ駄目だよなあ…と、師匠を反面教師に真面目な彼らしい悩みである。

「それで僕たちにラスボス対策を聞きたいって?」
「はい」

 真面目な顔で頷く桃太郎の前には白澤と、その妻の喜子、そして彼の横にはつい最近恋人になったばかりの由喜の姿がある。ちなみにこのラスボスとはもちろん鬼灯を指しており、そのラスボスを父に持つ姉妹は互いの顔を見て渋い表情を見せた。白澤はもちろんの事、桃太郎も分かっていた事だがこの姉妹、父親が大好きなのである。ゆえにこうして陰口を叩くような真似に抵抗を感じているようだった。
 多少の罪悪感を覚えつつ桃太郎は白澤の方へ身を乗り出す。男はそこに居るものとしか認識できないと豪語する白澤は近付いた室町時代のイケメンフェイスに大げさなほど顔を背を仰け反らせた。

「あんまし僕の話は参考にならないと思うよ。君だって知ってるだろ?僕たちのくっつき方って特殊なんだよ」
「知ってます。喜子ちゃんがアンタみたいなチャランポランに惚れて猛アタックしてくれたおかげで今があるんですもんね」
「嫌だわ桃太郎さん、元チャランポランですよ」
「喜子ちゃん…否定するのそこじゃないよね…」

 そう、会話からも分かるようにこの二人の馴れ染めは本当に特殊で、桃太郎のそれとはまったく当てはまらない。けれど過去に同じ境遇に立ち、見事乗り越えたその話は参考になると思うのだ。

「んー僕の場合三百年間は手に触れるのも禁止、お付き合いは清く正しく交換日記からだったからね。なんなら少し見る?Vol.5000くらいまであるよ」
「いえ、結構です」

 5000冊もの交換日記を綴った日々を思い出しているのだろう白澤の目が遠くを見つめている。対して横の喜子は平然と「ああ、そう言えばそうでしたねえ」なんてお茶をすすっているものだから鬼神の遺伝子とは恐ろしい。
 するとその鬼神の娘、喜子が静かに挙手をして淡々と衝撃の一言を述べた。

「私思うんですけどお母さんにもう一人頑張ってもらうのが一番じゃないですか?」
「「「はあ!?」」」

 これにはさすがの白澤も動揺したらしい。桃太郎や由喜のように顔を赤くはしていないものの声量でいけば誰よりも大きかった。

「あ、あのさ喜子ちゃん…君のお母さん確かに見た目ならまだまだ若いけどそろそろ子供産むのは無理じゃない?というか中々えげつない事言うよね、君」
「でも由喜が生れてから、お父さんの当たりも少し弱まったじゃないですか」

 言われてみれば確かにその通りだった。当の本人である由喜は知らないだろうが、彼女が生れるまでの鬼灯は結婚してもなお、事ある毎に白澤の邪魔ばかりをしていた。最愛の娘を奪われた嫉妬の炎を燃やす姿は恐ろしく、末子が生まれ少し落ち着いた彼を見た時の安堵感を桃太郎は良く覚えていた。
 とまあ、過去を懐かしみつつ桃太郎は頭を抱える。冷静な由喜の言う通りあの夫婦が新たな子宝に恵まれれば少しはお付き合いもしやすくなるかもしれない。かと言ってあの鬼灯や名前相手に「子供作ってください」なんて言えやしない。ああ、やっぱり地道にコツコツ積み重ねて何時の日か認めてもらうしかないのか、がっくりと肩を落とした桃太郎の肩に白く小さな手が乗せられた。

「大丈夫、桃太郎さん。私お父さんに話してみます」
「由喜ちゃん…」
「私そろそろ誕生日なんです、だからお願いに弟か妹が欲しいって頼んでみますね!」

 あれ?何だか話がおかしいぞ。
 先ほど自分と同じく顔を赤くして叫んでいたはずの恋人は母親に良く似た顔でにっこりと満面の笑みを浮かべて親指を立てている。自分に任せておけ、と自信満々な姿につっこむ気力すらも失せた。ただただ桃太郎は己の不運を呪い両手で顔を覆い、新たな兄弟を想像して楽しむ姉妹の会話に耳を傾けていた。様々な意味での師である白澤の哀れみの視線を背中に受けながら。

 そして数日後、桃源郷を訪れた鬼灯は金棒片手に桃太郎と白澤へ詰め寄った。それはもう今にも射殺さんばかりの鋭い目つきで。

「私の大事な娘にいらない知恵を与えたのはどちらです?」

 与えたのは貴方の大事な長女です!心の中で叫ぶも届くはずもない。今日もまた理不尽な暴力により、扉を突き破って青い空へと消えて行った白澤に、桃太郎は数秒後の自身の未来を見た。

140906