紆余曲折ありながら無事に結婚して早、数千年。時折喧嘩もしたけれど周りから見ても仲睦まじく暮らしてきたはずなのにどうしてこんな事になってしまったのか。
 とりあえず大変です。僕の可愛い奥さんが家出してしまいました。

 奥さん事喜子ちゃんが出て行ったのはもう一週間は前。薬の配達を終えて店へ戻るとちょうど彼女は玄関を出る所だった。顔色はお世辞にも良いとは言えなくて、何時も凛としている彼女らしくもなくうろたえた表情で僕を凝視して、それから早口に「少し実家へ戻ります」って言ったんだ。本当にもう驚いちゃって、何か言葉を吐こうとしたのに声にもならなかった。知識の神も形無しだ。
 喜子ちゃんの背中が見えなくなってから僕は桃タロー君と二人で最近の出来事を振り返ってみた。何かおかしい事なんて特にはなくて、相変わらず僕たち夫婦は仲も良くて彼女は店の仕事を手伝いながら本来の仕事である獄卒業にも精を出していた。
 でもそうなるといよいよ困ってしまう。僕に何か原因があるのなら謝れば良い話なのだが、こうも思い浮かばないとなると行動に移す事もできない。

 ちなみに喜子ちゃんの携帯には既に何度も電話している。しかし毎回留守電で、つい昨日は嫌々ながらあの鬼神にまで電話をかけた。実家に帰ると言っていたから、あいつなら何か知っているだろうと考えたのだ。けれど結果は、

「今はテメェの声なんて聞きたくないんですよ!!」

 と理不尽なキレ方をされて電話を切られた。次に家の方にも電話をかけた。今度は名前ちゃんが出たけれど、用件を話すよりも先に電話を切られてしまった。その際に何やら横が騒がしかったから、きっとあいつが家にいて無理やり電話を切ったに違いない。一応義理の父親にあたる訳だけど、やっぱりあいつは気に入らないと思った。

 一人で潜り込む布団は寂しく、「白澤様」と呼ぶ声がない事にひどく落ち込む。一週間はとても長くて、このまま一生を過ごしてしまうのではと考えてしまうほどに僕は憔悴しきっていた。喜子ちゃんに会いたい、ただそれだけを考えてふらふらと僕の足は店の外へと向かう。
 義父の妨害がなんだ。結婚する前からあいつからは色々と嫌がらせを受けていたんだから悩むだけ今更だ。それになよなよと待っているだけなんて、それこそあいつの思うつぼだ。もし喜子ちゃんが僕に会いたくないって言うならその時はその時。計画性も何もない話だけど、今は早く彼女の声が聞きたい。

 そんな思いで、地を蹴った時だった。
 聞きなれた着信音に足を止め、懐から折り畳み式の携帯電話を取り出す。本当なら無視したいくらいなのにどうしてか、僕の指は通話ボタンを押していた。

『白澤、様…?』

 そして聞こえた声に僕の目からは知らない内に涙が零れていたんだ。

『ごめんなさい、あまりに突然すぎて私も動揺していたんです。もし勘違いであったらきっと貴方は悲しむだろうから、だから先にお母さんに相談したくってお店を飛び出したんです。本当にごめんなさい、心配をおかけしました。
 この一週間、お母さんやお父さんとも相談して、ちゃんとお医者様にも見ていただいたんですけど…はい、そうです。白澤様、私――…』


 僕の足は今度こそ地面を蹴った。本来の姿へ戻って早く、早くと逸る気持ちを抑えきれなくて、空をかける。
 地獄へついたらとりあえず喜子ちゃんを抱きしめよう。次にお腹を優しく両手で包んで言ってあげるんだ。決して現実に成り得ないと諦めていた想像の中で、何度も口にした台詞だから上手く言えると思う。ああ、でも今は目がぼやけているから喜子ちゃんの顔をちゃんと見れないのが残念かもしれない。

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