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 「チェックメイト。」
 唇に蜜を乗せたかのように甘やかな囁きが告げたのは、彼女の長いながい旅の終止符であった。大陸に名を轟かせた勇者は今、全身の至る所から血をしたたらせ大地に這いつくばっている。
 しかし、勇者の瞳は満身創痍になりながらも尚闘志を失いはしない。燃える視線の先にあるのは玉座にもたれかかる忌々しき影。
 「もうおしまいだよ。武器は使い物にならなくしちゃったし、もう立てないでしょ?喉も潰れちゃって呪文も詠唱できないんだしさ。」
 ね?
 同意を求めているのか、魔王は小首をかしげた。そのかわいらしい動作でさえ勇者の憎悪の糧でしかなく、ますます表情は濁りゆくばかりである。
 「なんでそんな目をするのさ。きみにとって良いことのはずなのに。」
 魔王が玉座より立ち上がった。乾いた足音を響かせて一歩ずつゆったりと勇者に近づいてゆく。
 ただ床に転がり魔王を待つしかない彼女の歯ぎしりは辺りに響かんばかりに強い。しかし意地でも顔を落とすわけにはいかなかった。ほとんど気力のみで勇者は魔王の顔をにらみあげる。
 そんな彼女の思いを知っているのかはたまた知らないのか。涼しい顔をして魔王はのたまった。
 「ほんとはこういうカッコとかしたかったんでしょ。ぼく知ってるよ。」
 きゃらきゃらと笑い声を上げながら魔王は舞いでも披露するかのようにその場で回った。それに従い魔王の肩にかかる深紅のマントも重たげに翻る。ビロードの生地の下から覗くのは、フリルやレースが惜しげもなくあしらわれたシルクのドレス。溺れそうなほどに華美な装飾は、美しいものを遠ざけたがった勇者への当て付けにしか思えなかった。より一層勇者の口内に力がこもる。
 「だってぼく、ずっときみのこと見て来たんだから。きみがぼくを倒すために故郷を旅立ったあの日から。」
 そう、勇者は見られていたのだ。今勇者を見下ろしているのは、魔界まで旅をして来た友の姿をしたイキモノで。少女の姿をとった彼女が魔王とも知らずに、勇者は魔王を友としていたのである。
 共に夜を過ごし、背を預けることもあった。時には女の身で勇者であることの苦しみや辛さを吐き出すこともあった。だからこそ勇者は憎悪に身を焦がす。信頼したからこそ、友だったからこそ、彼女の裏切りが許せなかった。勇者の口から、また新たに血が流れ出す。
 魔王が勇者の前で膝を折った。彼女の顔を覗き込み、魔王は勇者の唇を指先でなぞる。
 「だめだめ、血が流れるほど強い力で噛むなんて。痛いだろう、トゥーラ?」
 勇者の肩が揺れた。のち、激しくむせ返り喀血する。飛び散った血は魔王の指や顔、ドレスに点々としみを作った。それでも魔王は気にすることなく、むしろ歓喜の色をにじませながら頬に散った赤を舐めとる。そしてまるでそれが極上の甘味だと言わんばかりに顔を弛緩させた。
 「トゥーラ、トゥーラ。きみは長らくこの名前じゃ呼ばれなかったもんね。動揺しちゃうのも当然だよね。だって、きみは勇者だったんだもの。でももう安心して。きみはもう勇者じゃない。魔王であるこのぼくに殺されたの。だからきみはトゥーラ。ただのトゥーラだよ。」
 長々とした台詞が途切れた。これはいわゆるためというやつだろう。いつどんな口撃がきてもいいよう、勇者は覚悟を決めた。
 だが、そんなちっぽけな思いなど魔王と呼ばれる彼女の前には無意味に等しく。


「トゥーラ、もう我慢しなくていいんだよ。きみはぼくの花嫁なんだから。」


 言っていることの意味が、わからない。
勇者がそう感じたのはこの日二度目である。一度目は、彼女の正体が自分が倒すべしとされた魔王だと本人のその口から聞かされた時。そして二度目となる衝撃的な発言は、憎しみも後悔もすべてを一瞬にして押し流す圧倒的な感情の波となり彼女を襲った。
 衝撃を与えた張本人は、彼女の心中を想像してか愉快そうにくすくすと声を漏らした。さぁ追い打ちとばかりに勇者の耳元に唇を寄せて艶然とした声色で囁く。「ずっとずっと言ってきたでしょ。ぼくはトゥーラのことが大好きだって。」
 精神的苦痛を伴いながらも勇者の頭に旅の日々がよみがえってくる。背後から勇者の胸に触れる彼女。沐浴の際に素肌のままに抱きついてくる彼女。「大好きだよ!」と頬を寄せる彼女。いずれの時も彼女はふざけているかのような無邪気な笑みを満面に浮かべていた。だからこそ勇者は困ったように笑い「私もよ」と答えていたのだ。
 それが今やどうだろうか。友だった彼女は正体をさらし、魔王として勇者を退けた。その間、魔王はとうとうかつて勇者の友だった少女の笑みを崩さなかったのである。認めたくない、勇者の思いとは裏腹にピースは正解の場所へカチリとはまった。
 ただの戯れのはずでは、勇者の喉から空気の漏れる音がする。それは魔王の間に来てから初めて勇者の顔に怯えが差した瞬間であった。
 「ぼくの花嫁さんになったらね、幸せに暮らしていいんだよ。毎日きれいなお洋服着て、甘いお菓子食べてさ。ぼくがめいっぱいかわいがってあげる。トゥーラのこと大好きだもん。」
 魔王が、勇者をかいなに抱きしめる。慈しむようなその動作は、勇者を完膚なきまでに叩きのめした張本人とは思えないほど優しかった。しかしその優しさでさえ勇者の中の……トゥーラの中の勇者を瓦解させてゆく要因にすぎない。魔王という肩書きに見合わぬ柔らかな肌に包まれて、勇者はとうに身体の震えを抑え込むことができなくなった。
 「子種のことなら気にしなくていいよ。適当な男を見繕ってくるからさ。あぁ、それかぼくが男になってきみを孕ませてもいいかもしれないね。きみとぼくの子どもならきっと誰より強くて美しくて、魔王にはぴったりだろうな。」
 にぃ、と唇をめくり上げて魔王は笑った。勇者には見慣れたはずの鋭い犬歯が、いつもよりずっともっと凶悪に映る。
 「さぁ、婚礼の義といこうか。愛しき我が花嫁よ。」



少女性物語の結末論





米戸みけが魔王だったら、勇者と結婚しちゃいます!きゃー///
あと、勇者にセクハラするために序盤から勇者たちに付きまといます。たとえ同性だろうと。
http://shindanmaker.com/363122




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