「こら、キーロ。僕の眼鏡、返して。」


困ったように眉を下げ、クラウスは笑った。当のキーロはいつもと変わらぬ調子でクラウスのそれを両手に乗せている。
常時無表情な彼女は、意外にもイタズラっ子気質だ。間違いなく風来の双子の影響である。まったく困ったものだね、なんてクラウスは思った。微笑んだまま釘を刺すようにして彼は言う。

「あ、それ、かけたら駄目だよ。くらくらするだろうから。」

キーロという人間……否、天使は「やるな」と言われるとやりたくなるような性分である。彼女はかけるなと言われたそばから、迷わずに眼鏡をかけた。クラウスの言葉など完全に無視である。
と、キーロの眉間にしわが刻まれた。そして眼鏡をかけてからぽつりこぼす。

「……ほんとだ……」
「ね、言ったでしょ。」

無言だったクラウスが、くすくすと声を押し殺すようにして肩を震わせた。どうやらこれも彼の計算のうちだったらしい。クラウスのほうが、キーロより一枚上手のようだ。
キーロの小さなイタズラへのおしおきはこんなところで十分だろう。クラウスは胸の内でひとりごちる。一方、サングラスのように眼鏡を頭に乗せたキーロは怪訝そうに言った。

「クラウス、こんなに目、悪いんだ。」
「うん。どうも視力だけはどんどん落ちててね、ぼく自身も参ってる。」
「大変だね。」

肩をすくめるクラウスに、キーロは棒読みで言った。彼女は再び眼鏡を両手に持ち、じっとクラウスを見つめる。クラウスは明後日をみながら目を細めた。

「今だって、キーロの顔もまともに見えやしないんだよ。」
「そうなの。」
「うん。これくらい近付かないと、見えない。」

それこそ、額と額が触れ合うほどの距離。キーロが一呼吸をおく間にクラウスは距離を詰めたのである。天使の身体能力の無駄遣いだ。突然のことにも顔筋を動かすことなく、キーロは一言言ってのける。

「近い。」
「近付いてるんだもの。」
「近い。」
「離れて欲しいの?」
「近い。」
「だったら眼鏡を返してよ。」

笑みを含んだ声でクラウスは言う。突っぱねるキーロの反応が面白いらしい。キーロは黙ってクラウスに眼鏡を押し付けた。

「それでよし。」

満足げにそう残し、クラウスはキーロと距離をおく。そうして眼鏡をかけ、しきりに頷いた。
さて、眼鏡を取り戻した彼には見えているのだろうか。キーロの眉根が少しだけ下がっていたことに。日頃から伏し目がちなその瞳がいつもより閉じられていたことに。キーロはキーロなりにクラウスのことを心配しているということに。

「やっぱりこれがないとぼくは困っちゃうなぁ。」
「よくわかった。」
「伝わったなら、ぼくはかまわないさ」
「もう、眼鏡は取らない。」
「そうかい、そうかい。」

キーロの心に気付いているのか、いないのか。クラウスはキーロの髪に手のひらを埋める。


「いい子だね、キーロ。」


ふいと、キーロが破顔したような気がした。



眼鏡天使とねぼすけ天使の穏やかな奪取戦



(クラウス)
(なに?)
(眼鏡、新しく『望んで』作れば良かったのに)
(あぁ、それもそうだね。でも、そうしたらキーロの持ってる眼鏡をしまう場所も必要になるからね)
(納得)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -