ラズベリーパイとオレンジピール、チーズケーキにピスタチオクリームやブルーベリージャム。
机に並ぶ甘味たちは、どれもこれもが俺の目には眩しく見えた。それらは両手の指の数では足りないほど沢山あるのに、同じ色のものは二つとない。宝石よりも柔らかく、雲よりもはっきりとした色彩はまさに『女の子の世界』といった具合。俺なんかには到底理解できそうもない世界だ。見ているだけでも舌がじゃりじゃりしてくる。

「なぁ、おいしいの?それ。」
「うん。おいしい。」

向かいにすわるキーロはガトーショコラを一口大に切り、食べる。机の上に広げられたスイーツパラダイスは全て彼女のために用意されたもの(厳密に言うなら彼女が自身のために用意したもの)だ。
砂糖だとかクリームだとかの甘さはどうにも苦手なもんだから、俺はただ眺めているだけ。そもそも彼女が自分の食べ物を分けてくれるとも思えない。あれでいて案外我欲が強いのだ。
それに、キーロは見ていて飽きることがない。なにせ彼女の面立ちはとてつもなく綺麗なのだから。美人は三日で飽きるとは言うが、俺はそれに同意しかねる。絵になるひとなら何をしていたっていくらでも見ていられるような気がするのだ。……最も、俺はキーロの恋人でもなんでもないからその言葉は適応されないけど。
当の本人は、俺の視線なんて物ともせずフォークを口に運んでいる。絶え間なく手は動いているものの、その動作は丁寧で上品だ。鈍く光る銀食器を掴む指はまさに白魚のよう。ほっそりと白く爪まで細長い。
爪の色は淡い淡いペールピンク色、塗料の類はなにも塗っていないようだ。服は散々飾り立てているくせにさ、となんとなくおかしく笑ってしまう。細部には気を使わないところが、実に彼女らしい。

「なにが一番おいしい?」
「甘ければ甘いほど、おいしい。」
「ふーん。」

それなら砂糖の塊でも舐めていればいいのに、なんて思ってしまうから俺は女の子と会話が続かないんだろう。……いや、いつだったかキーロは飽和するまで角砂糖を溶かした紅茶を飲んでいた。カップの底にたまった砂糖を無理やりとかそうとティースプーンでかき混ぜている姿を思い出す。あの様子では砂糖をそのまま舐めたこともありそうだ。
とりとめない考え事の最中、ふと、キーロの視線が俺に向かっていることに気付く。目があった、と思えば彼女はシフォンケーキのささったフォークを鼻先に突き出してきた。マイルドな香りが鼻腔をくすぐる。なんのつもりなんだ。
しばしの間沈黙が流れた。そして、先に状況を崩したのはキーロの方だった。わずかに眉をひそめて彼女は言った。

「こぐれ、食べないの?」

これ、『あーん』だったのかよ。
目尻が引きつる感覚がした。いやいやいや、シチュエーションとしてはなかなかイイんだけど、いやいやいや。男ならそりゃあ誰しも『あーん』には憧れるものだろう。しかもそのお相手が美人なら男冥利に尽きる。しかしそれを享受できるかと言えばまた話が違って、俺は別にキーロのことをそういう目では見ていないから気が引けるのであってさらに甘いものも苦手であって。あぁ、もう考えるのも嫌だ。
とりあえずでもなんでもいいから、言葉を返さねば。

「お、俺は甘いもん苦手だから。いら、いらない。」
「そ。なら、良かった。」

シフォンはキーロの口に吸い込まれて消えた。
あれ。もっとなんかこう、来るかと思ったのに。拍子抜けしてしまった。

「良かったってなんだよ、良かったって。」
「だって、分けたらケーキ減っちゃうもの。」
「それなら最初から分けようとしなければいいんじゃないのか。」

キーロは答えない。淡々と咀嚼を繰り返すだけだ。
彼女の碧玉は既に俺を映しておらず、皿の上に向かっている。伏し目がちな瞳の先に、まつげの影が見えた。こいつほんとまつげ長いな。
と思いきや、キーロが俺の目を見返してきた。感情の乏しい、どろりとした瞳だった。

「分けた方がおいしいものだってあるでしょ。」

なにが伝えたいのか。なにを望んでいるのか。照れ隠しなのか、それとも。俺にはキーロの意図なぞなにひとつわからなかった。それを推し量るには俺の対人スキルは低過ぎるし、彼女の感情の露出はあまりにも少ない。俺は曖昧に笑むことしかできなかった。
だけどまぁ、これでいい。俺とキーロはこれでいいのだ。

「じゃ、俺はクッキーでももらうことにするよ。」

キーロの答えを聞く前に俺は手を伸ばす。アイシングの施された、かわいらしいクッキーだった。
うえ、砂糖の味だ。当たり前だな。
冬の風より冷たい視線がちくちく刺さる。そんな恨みがましそうに見るなよ、たかだかクッキーくらいで。子どもじゃないんだからさ。

「勝手に食べないで。」
「いいだろ別に。シフォンケーキはよくてクッキーは駄目なのかよ。」
「……わかってない。」
「俺だって、お前の考えてることはわかんないよ。」

お互いに分かり合えていないくらいの、この距離がちょうどいい。居心地がいい。相手の行動を少し訝しんだり、ひとりで忍び笑いしたり、付かず離れずがいいのだ。



ねぼすけ天使と読書少年のおやつ



(キーロは爪に色塗らないんだな)
(塗らない。手入れめんどくさい)
(だよなあ)
(爪に色付いてても意味ないし)
(身も蓋もないな)


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