こまごまいろいろ | ナノ


11:22 文字書きさんに100のお題 71〜80


071:誘蛾灯
鼻の頭に汗を浮かばせた人形師が、なにかを見つめていた。淡い淡い藍の瞳を揺らして、熱心に。
「なに見てるの。」
「あれを御覧なさい。あの、ぼうっと橙色をした灯。ばたばたと蛾がたかっているのが見えるでしょう?」
なるほど、今晩の人形師はおしゃべりな方らしい。薄ら暗い中で指差した先には蛾を寄せ付けそして焼き殺す灯りがあった。
「あんなの見てたの。人形師、シュミわるいね。」
「そうかな。」
鍵屋の言葉に、人形師は少し笑い声をもらした。


072:喫水線(船が水に浸かっている深度を示す線)
プラスチックでできた船が、大きな泡を吐きながら沈んだ。メリーアンはあからさまに残念そうな声をあげる。
「おふね、しずんじゃった。」
彼女は背中を預けるその人を見上げる。すると彼は、幼子を相手にするときにのみ見せる特有の笑みを浮かべた。
「水が中に入り込んじゃったんだよ。ちょっとかしてご覧。」
郵便屋は船を湯から引き上げる。ひっくり返すと、ちょろちょろと小さな音を立てて水が零れた。それから水面に置いてやれば二度三度揺れてから浮かぶ。まるで船を初めて見たかのごとくきゃっきゃと声を上げながらメリーアンは再び遊び始める。ひとまず安心だ、と彼は肩まで湯槽に沈んだ。


073:煙
「なんで君はそうやってすぐに高いところに登るかな。」
「顔怖いなぁ、お前もちっちゃい頃は木登りとかしただろ?」
「君はもう小さくないじゃあないか。」
「うっ、細かいこと気にする男は嫌われるんだからな!!」
「まったく……馬鹿と煙はなんとやら。」
「わかった、馬鹿と煙はうざったい!」
「……まぁ、間違っちゃいないけどさ。」


074:合法ドラッグ
飴屋の飴はついつい食べ過ぎてしまう。近頃、拾った星にちょっとした余りが出ると、飴屋に足を運んではいくつかの飴を買って食べていた。彼の飴は見た目もかわいいし、ぽいっと口に放り込めばどんなものでもおいしい。
「こんにちは、飴屋。」
「今日も来てくれたんだ。いらっしゃい。」
太陽に向いて咲く花にも似た笑顔で、彼はいつだって迎えてくれる。ううっ、甘いものばかり食べているのではなく、体重も気にしなければ。


075:ひとでなしの恋
「そりゃあ、私にだって好きな人くらいいたさ。もう何十年も昔の話だ。私が"イノナカ"に落ちて来る前のことだからね。とても美しい女性だったよ。」
声色こそ明るいものの、案内屋のあおい炎は濡れたような暗い色をしていた。


076:影法師
「影ふみおにって知ってる?」
「知らない。」
「メリーアンもしらない。」
「影を踏まれたらその人がおにになるおにごっこ。」
「ねぇねぇ、それっておもしろい?」
「それはやってみないとわからないんじゃないかしら。」
「じゃあ、やる?」
「やる!」


077:欠けた左手
これは、銀細工師だけの秘密。
仲違いばかりだったとはいえ、片割れがいない生活は彼女にとって紛れもなく苦痛であり虚空だった。初めに"イノナカ"に落ちたのはガラス細工師となった少年のみで、彼女はそうでなかった。つまり彼女は片割れを追って落ちてきたのである。
どれほど仲が悪かろうと、どれほど悪態をつこうと、彼らは双子であった。半身を追ってここまでやってきたのは彼女の選択であり、それを間違っていたとは考えていない。


078:鬼ごっこ
「ね、ちょっとだけかくまってくれなぁい?」
突然に現れた奪い屋は、言うなりカウンターの裏側に身を潜めた。次いで店先に現れたのは鬼のような形相をした仕立て屋である。
今度はなにをしでかしたのか、こっそり嘆息する。それから飴屋は共犯者らしい笑みを浮かべて彼女を出迎えた。


079:INSOMNIA(不眠症)
子守妖精曰く。18歳より小さな子は、彼女の中ではまだ子どもらしい。
「そんな小さな画面ばかり見つめて。ねぇ、まだ寝ないの?」
にこにこと子守妖精が話しかけても子どもは反応しない。声が聞こえていないだけなのか、無視をしているのか、彼女には図りかねた。
夜なのにどうしてこうもまぶしいのだろうか、ぼんやりと考えながら時折子どもの手元を覗き込んでみる。電子機器のような難しいものは彼女にはわからないが、子どもは早く寝るべきだということこそが彼女にとっての確固たる信条だった。


080:ベルリンの壁
いずれ、また。
彼女はうっそりと目を伏せた。隣にいた人が失われた過去だったとしても、やがて時は巡るのだから。渡り鳥がそうであるように、人もまた戻ってくる。その確信があった。
そう。だからいずれ、また。巡り会える日まで。


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