こまごまいろいろ | ナノ


23:09 文字書きさんに100のお題 41〜50


041:デリカテッセン(お惣菜屋。独語)
「こんばんはー。」
「よ、飴屋、よく来たな!」
「今日も、晩ごはんをご同伴に預かろうかと思ってね。」
「いいさ、くつろいでけよ。どーせふたりしかいないんだから食べる時寂しいのなんのって」
「そっかぁ。でも羨ましいなぁ。だって俺はひとりなんだもん。」
「んな寂しいこと言うなよ、私がついてんじゃんかよ!」
「ありがとう銀細工師〜〜〜!!」
「……飯作るのは飴屋でも銀細工師でもなくて、俺なんだがな。」
「「ごちになりま〜〜〜す」」
「恥を知れ。」


042:メモリーカード
俺、なんで子どもになっちゃったんだろーなぁ。前よりずっと不便だよ。高いとこに手届かないし、すぐ眠たくなるし。"イノナカ"の住民になっちゃったから、あの庭に行ったとして容姿は戻らないんだよなー。あーあ、なんでそんなことしちゃったんだろ。確かに、俺が幸せだったのは子どもの頃だけだったけど、子どもに戻ったからって時間は戻らないのに。俺はまた、時間をかけて成長しなきゃいけないんだよね。昔の身長まで大きくなれるかな。身長、いくつくらいか覚えてないけど。あぁそうか、俺にとって、僕にとって、「昔」ってその程度なんだよね。ここは子どもの僕を助けてくれるひともいる。僕がなにを言ったって、僕がなにをしてたって、迷惑さえかけなけばみんな怒らない。周りを取り囲むひとでいえば、前よりずっともっと生きやすい環境だと思うんだ。考えると、ほんと楽しくない人生だったなぁ前は。子ども時代が一番楽しかったなんてほんとろくでもないや。まぁでも、今幸せだから、いっか。
……あれ、案内屋いたんだ。ひとりだと思ってたから、ずっとしゃべってたよ。


043:遠浅
夢を見た。
私はどこまでも広がる浅瀬に立っていた。深さは、ちょうどくるぶしがつかるくらいだ。私以外にこの浅瀬にあるものはない。これ以上内くらいに開放的だった。
私は歩かなくてはならないのに、どうして立ち尽くしているんだろうか。少しでも立ち止まったら、二度と前に進めなくなってしまう。だからなにがあっても前に進まねばならないのだ。さぁ速く早く!と焦燥感が背中で叫んでいたが、不思議なことに私の心は平坦なままだった。私は焦燥感を他人事のように受け流していた。
足元の水は天の蒼碧と同じ色に染め上げられ、視界は全て果てなきブルー。明るくて眩しい青色が私を取り巻いている。ぼんやりしていると、平衡感覚がおかしくなってしまいそうだ。
青は鎮静の色であり、後退の色であり、そして悲哀の色。私にとって青はしあわせとは程遠い、マイナスな色だ。それでも私を取り囲む青は、世界中の暗い哀しみとは一切関係がないとばかりに無邪気な愛を歌っていて。その色の鮮やかさと言ったら、目に染みるほどだった。
そんな青い世界でたった一人私は。声をあげて子どものように泣いていた。


044:バレンタイン
とある司祭の話だった。人助けをしたために処刑された、哀れな司祭の話。初めてその話を聞いたときは、かわいそうだと思った。
今は特になにも思わない。人に干渉しすぎるヤツが悪い。善人が痛い目を見るのが世の常だ、憎まれっ子こそ世にはばかるのだ。
でも俺の隣でぎゃんぎゃん騒ぐアイツは今日も変わらずその司祭を哀れむ。初めて話を聞いたときのチビのオレと同じ考え方のままアイツは大きくなりやがった。良い行いをした人間が幸せになれないのはおかしい、悪人こそが不幸になるべきだ、なんてことは現実を見ていないバカの考えることだ。
もし善人が幸せになれて悪人が不幸になる世界であるというのなら、俺が"イノナカ"に落ちてこれるはずがないのに。アイツの言い分通りなら、善人とは言い難いこの俺が幸せになれるのはおかしい。ところがアイツはバカだからそのことにさえ気付かないのだった。


045:年中無休
「ねぇ、奪い屋っていつ仕事してるの?」
頬杖をついた銀細工師が尋ねる。首からかけたタオルを見る限り、休憩中らしい。問われた方の奪い屋はと言うとその辺に置いてあったビードロをぺこぺこ鳴らして遊んでいた。工房の奥でガラス細工師がいつにも増して剣呑な目をしているのはそのせいである。
「あー?俺は年中無休いつでもお仕事承りしてる仕事人だぜ?」
「うっそだ、いつ見てもフラフラ遊んでんじゃんお前ー!」
「オレは"イノナカ"で仕事しない主義なの。銀細工師が見たことなくて当たり前田のクラッカー!」


046:名前
「呼ばれる名前でしか、私達は存在し得ないのよ。」と、妖精屋は艶然と笑う。
「私達が元あった名前を名乗らないで、職業で呼び合うのって、きっとそんな理由なのよねぇ。」
過去を捨てて"イノナカ"に逃げ込んできた者が、逃げるに至るまでの自身の存在を認められるはずはないのだ。だから彼らは名前という鍵をかけて、自身の心の中のみ封じ込める。皆"イノナカ"の住民となって、職業を定めるまでにそれを完全にやってのける。
「郵便屋の娘さん?あの娘はここで生まれたも同然だからいいのよぉ。」
郵便屋が彼女からトミーと呼ばれるのも同じ理由だと妖精屋は言う。彼は"イノナカ"の一住民の『郵便屋』であり、メリーアンというひとりの少女のための『トミー』だ。同じ人間が違う側面を持つのはめずらしいことではない。"イノナカ"では違った側面を違った名前として呼んでいるだけの話だ。
「話をまとめるとねぇ?"イノナカ"で見せる側面と、元いた世界で見せる側面はそれぞれ違うってことよぉ。」


047:ジャックナイフ
「こんなもん、ここじゃなーんの役にも立たないんだぜ?」
錆び付いたナイフを片手でへし折り、男は軽薄な笑い声を上げた。彼の手のひらに、鮮血が滲む。しかし彼自身はそれを気にする様子もなく、むしろ愉悦を含んだ表情であった。
「オレにある恨みならいくらでも背負うが、ここに仇成すヤツは許せねェな。だから、ほら。」
――躾のなってねェ犬に噛まれたくなけりゃ、そうそうに帰るこったな。
それは地を這うような低音の、最後の警告だった。


048:熱帯魚
ぺかぺか輝く星のきらめきに酔いつつ、彼女はガラスの砂浜を踏む。今日も波打ち際でひとりの女の子が星を拾っているはずだ。彼女が仕事終わり海を訪れるのは、星を拾う女の子に会うためである。
濃紺の世界で、女の子は同化しそうな色を纏っているけれど見つけるのは容易い。彼女は暗闇の中でも光る。星をめいっぱい抱きしめて微笑みながら大手を振る女の子は子どもより無邪気で、妖精の目にはなにより眩しく輝いて見えるのだ。
風になびく黒髪、腰に下げた長い帯、星空を映した瞳。彼女はまるで、夜を切り取った水槽をたゆたう熱帯魚だった。


049:竜の牙(龍でも可)
郵便屋がなにかを投げてよこした。物を運ぶ仕事をする者にあるまじき行為である。人形師は少々眉を潜めながら手の中のものを見た。
「これ……」
「おみやげ。こないだ行ったところで買った。」
頑なに目を合わせようとしない郵便屋を見て、人形師は確信する。十中八九売り付けられたものなんだろうな、と。


050:葡萄の葉
手にメモを持った人形師が、こちらに寄ってきた。恐らく人形劇の脚本を書いているんだろう。
「ワインってどんな味か教えてくれる?」
「おや、新しい劇のネタにするのかい?」
「うん。」
こくりとうなずいて肯定するところから、まだまだ子どもの影が見られる。人形師はまだ十五にも満たない年齢だったような気がする。
「悪いね、アルコールは摂取しないんだ。」
「……だよね。案内屋、口、ないし。でも、その炎がアルコールで燃えてるものだったらと思ったんだけど。」
「この炎はアルコールを燃やしたものではないよ。」
「じゃあなにが燃料?」
「それは教えられない。まったく、君の好奇心は伸び悩むことのない蔦のようだね。」


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