こまごまいろいろ | ナノ


18:36 文字書きさんに100のお題 21〜30


021:はさみ
人形師が差し出したのは、艶のあるこげ茶の金属で作られた鋏だった。親指の爪ほどもあるだろうか、二枚の刃を繋ぎとめる鋲の落ち着いた青色の光沢がただの鋏とは思えないほどの高貴さを添えている。あまりにも繊細なつくりなので、ものを切るためのものというより観賞用の飾りに見えた。
「セルレウム。もしくはセルリアンブルー。ぼくは、セルレウムのほうが響きが好き。」
柄にも刃にも彫り込まれる絡み合う蔦の文様を指でなぞる。人形師の白い指は、鋏の鋭利さによく映えた。今にも壊れてしまいそうな、それでいて美しいような。
「これがぼくの器。ぼくの"アオ"。」


022:MD
「……でね、まだこんなちいさいのに、わたしでも使い方がわからない機械をうまーく扱ってるの。慣れってすごいわよね。」
「そうねぇ。私も機械には疎いのよぉ。」
「あら、あなたはあなたで扱い慣れた機械があるじゃない。なんていうの、あれ。」
「骨董品よぉ、あれは機械じゃないわ。ぜんまいと歯車が動力のものしかわからないもの。」
「それで十分なのよ。きっと。」


023:パステルエナメル(絵の具の一色、象牙色)
「案内屋。」
後ろから呼び声がした。背中に広がる温もりや肩を掴む手のひら、のしかかる体重はまるきり子どものものだが、いつもよりいくばか響きが低い気がする。
「オレね、ここに来れてよかった。鍵屋になれて、良かったよ。」
「そうかい、そうかい。」
「何度こぼしたかもわからない、あのひとりごとを口にする必要がなくなったから。」
「そうかい、そうかい。」
返事をしてから、彼を背負い直す。ここに初めて来た時よりも、やはり重くなっている。私はありったけの親愛の念を込めてさらに続けた。
「それは良いことだ。」
うん、と小さな肯定が聞こえたかと思えば、鍵屋はじきに寝息を立て始めた。


024:ガムテープ
「ここを去るひとって、いるの?」
「もちろん。井の中の蛙でいることに飽きて、大海に飛び出していく者だっているさ。」
「大海に疲れて、"イノナカ"に来たのに?」
「疲れが癒せればそれでよいのだろうね、そういった向上心あふるるひとは。」
「なんていうか、うん……。喉元過ぎれば熱さを忘れるって言うよね。」
「ここは"イノナカ"だからね、来るものは拒まず去るものは自力で這い上がっていきないという仕組みなんだよ。」
「うわぁハードモード。でも、去りたいとはあんまり思わないなぁ私は……。」
「ここからいなくなった者のほとんどが荷物をまとめて、背負って、どこか井の外へ行ったね。"イノナカ"の私物を全部おいて身一つで去る者もいたが。」
「うわぁすご……よくわからないよそれって。ここでの思い出に封をしちゃうってことでしょ、それ。」


025:のどあめ
ガラガラン。
ドアに取り付けたベルが鳴いた。
「ハッカ飴はあるか。」
少しかすれた、ぶっきらぼうな声。店先に現れた客を見て、飴屋はおかしくてたまらないと吹き出す。
「めずらしいじゃないか、ガラス細工師。」
「喉を壊した。のど飴が欲しい。」
「はいはい。イチゴ味ののど飴とかもあるけど、どうする?……ってやだな、そんな目で見ないでよ。」
ガラス細工師は、いつもよりいくばか冷たい表情である。しかし、射抜くように鋭く睨まれても飴屋は動じない。本当愛想ないよね、と微笑みながら棚を探っていた。
彼の片割れはたびたび飴屋を訪ねては飴を買って帰るのだが、ガラス細工師が一人で店にくることは実に珍しい。しかも彼が来た理由がのど飴を求めてのことだとなるとなおさら不思議なことで。そっけなくて無口な彼が喉を壊すとは、一体なにがあったのだろう。飴屋はやっぱりおかしくなって、クスクス笑う声をこらえることができなかった。


026:The World
「郵便屋も引く?この人形に魂があるって言ったら。」
「いや……僕の故郷には九十九神って概念があるから、さほど。」
「そっか。」
郵便屋は、精巧に作られた人形とその作り主を見比べたのちに静かに言った。虚言として聞き流しているのではない。ただ彼は純粋に思ったことを述べたまでである。
「あなたは素敵だと思いませんか?わたくしが愛することによって、この子たちに魂が宿るのかと思うと、わたくしはぞくぞくとした快感すら覚えてしまうのです。」
スイッチが入ったのか、人形師は妙に饒舌に語り出した。視線は虚空を眺めているがあくまで真剣である。
「矛盾しているでしょう?無垢であるはずのこの子らに対して不純な感情を抱くだなんて。しかしこの矛盾こそが、世界を動かしているんじゃないかと常日頃から思っております。」
両手を広げて、首をかしげて。自分の世界にとっぷりとつかったまま人形師は郵便屋を見る。
「きみは、郵便屋は、どう思う?」
「……さぁ。世界の成り立ちを考えられるほど僕の頭は上等に作られなくてね。」


027:電光掲示板
情報社会なんて疲れるだけ、あーあ、やだやだ。ガラスに比べて、銀に比べて、風情のないことと言ったら!流れて行くものを眺めるだけなんて耐えられない。だってそこから得られるもので自分のためになるのはごくわずかじゃないか。
ガラス細工師と銀細工師の意見が、珍しく合致した。


028:菜の花
「はい、これあげる!!」
「?花?」
「うん、あのね、トミーと一緒に郵便屋やってた時にもらったの!!」
「ボクがもらっていいの?」
「あげるの!それね、菜の花って言うんだって。」
「へー……食べたらおいしいかなぁ。」
「!!食べちゃだめー!!」
「なんか食べたらおいしそうな色してるし、おなかすいた……。」
「だめー!!ぜったい食べちゃだめなのー!!」


029:デルタ(三角。正しい表記はΔ。小文字はδ)
柔らかい包装紙に包まれた、手のひら大の"郵便物"を受け取る。僕はそれを丁寧に鞄にしまった。そしてそれから依頼人である妖精屋に簡単に確認する。
「この包み、御津の街に届ければいいんだよね。」
「そうよぉ〜あの街にいる金色の髪の女の子。お願いねぇ。」
「わかった。」
と、ここでメリーアンがふくれっつらをしていることに彼女が気付いたらしい。にこにこと笑いながらメリーアンに視線を合わせて尋ねた。
「どうしたのかしらぁ?ほっぺたが膨らんでるわよぉ。」
しかし、彼女は愛想もなくそっぽを向く。らしくないなと違和感を覚えたが、僕にはなんとなく心当たりがあった。
「大丈夫、妬いてるだけだから。」


030:通勤電車
大きな荷物を抱えて、そんな顔して、どこ行くの。
行かなくちゃいけないところ。
どうして行かなくちゃいけないの。
ひとがそう言うから。意思のない、やりたいことのないひとはそれに従うのが一番だから。
意思はないの。
意思はないよ。流されてれば、いつかきっと幸せになれるよ。
そう。私はそうは思わないわ、だから私は星拾い屋になったの。
幸せになるために?
そう、幸せになるために。
じゃあ今、幸せ?
うん。幸せだよ。


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