こまごまいろいろ | ナノ


15:20 文字書きさんに100のお題 01〜10


001:クレヨン
彼女は、クレヨンを握ったことがない。
クレヨンで紙いっぱいに自分の思う絵を描くことのできない環境のまま、クレヨンを使って絵を描くような年齢より少しだけ大きくなってしまった。僕の腕の中にきた頃には既にそれくらいの齢であった。
彼女はクレヨン以外にも知らないものがたくさんある。彼女の世界には神様も幽霊も天使もいない。自分以外のものはなにもない世界からここへやってきた。否、自分すらなかったのかもしれない。彼女に名前を与えたのはこの僕だ。
彼女の世界に、もっと彩りがあれば良いと思う。それこそ彼女の知らない画材クレヨンのような、鮮やかに発色するような彩り。僕は自分の持つあおいクレヨンで、彼女の世界にめいっぱい大きな絵を描くのだ。彼女が過去に描けなかった分のものを、僕が描けたらなんて願いは少し傲慢かもしれない。


002:階段
「ここの家は、みんな平たいおうちばっかりだよね。」
頬杖をついた星拾い屋が言う。すると人形師は当然だと言わんばかりに肩を竦めた。
「だって、ここは井の外の重圧から逃げてきた人がくる場所だよ。高く高く、なんて志しのあるひとがいるはずないでしょ。」
「なるほどね。」
星拾い屋は納得したのか、それっきり黙り込んだ。


003:荒野
今回やってきた井の外は、赤茶色の広がる荒れ果てたグランドだった。見たところオレが使った井戸はもう井戸としての役目は終えている。"イノナカ"から井の外へ出るための井戸は枯れているものでもちゃーんと"イノナカ"と井の外をつなげてくれるから、どんな井戸だろうと気にならないんだけどな。
戦争があったか干ばつがあったかはたまた別のものがあったか。大地を見回して考える。オレとしては戦争が起きてこうなったのがいい。というより、現在進行形で戦争が続いていて欲しい。奪い屋という仕事柄、生き物ーーしぼりこんでしまうのであれば人間ーーの利己的で汚い部分が露出しやすいような場所の方がやりやすいから。使いようによっちゃこーいうところ以外でもオレは役に立てる残念ながらそこまで頭の回る奴はオレを頼りにしない。
自ら望んでそんな場所に飛び込んで行く奴の気が知れない、と誰かが言っていたような気もする。しかしこれがオレ自身が選んだ仕事で、ここはそのための晴れ舞台といったところ。腕の見せ所という訳だ。
すん、と鼻をならしてオレは生き物を探す。あの独特の人間くささがこの荒野でも見つかったらいいんだけどな。


004:マルボロ(紙巻煙草のブランド名)
"イノナカ"の住民と、好奇心に目を輝かせるメリーアン。その組み合わせは殊更めずらしいことでもなかった。誰も彼も幼い少女に対しては優しく、彼女の相手をすることを楽しみとしていた。桃色の唇から紡ぎ出される「それ、なぁに?」の言葉のために住民はそろって言葉をこねくり回すのである。
本日のメリーアンの相手は、飴屋だったらしい。メリーアンは飴屋が口に咥えたものに興味を示していた。
「それ、なぁに?」
「これは俺の作った飴。細長く作って、長く食べられるようにしてみたんだけどね。」
煙草を咥えているみたいでなんだか可笑しくなっちゃって、と飴屋は笑った。しばらくなんのことかとぽかんとしていたメリーアンも、彼につられたのかきゃらきゃらと笑い声をあげる。これがメリーアンを取り囲む日常である。


005:釣りをするひと
釣り竿の先に飴屋手製の飴をくくり付け、屋根の上から垂らす。屋根より下は水の中、通りを通るひとは魚、そして自分は釣り人。人形師はそんな空想遊びをする。血色の良い唇で、歌でも歌うかのように言葉をこぼしながら。飴に釣られる魚がくるのを待ちながら。
「飴屋の作る飴はおいしい。"イノナカ"の住民はみんな飴のこと好き。ぼくも好き。」
「うん、僕も好きだよ。飴。」
人形師はくつくつと笑い声を漏らす。あぁ、きた。魚だ。軒下から見上げてくる鍵屋は、宙にある飴を見つめている。糸に釣られた飴を棒立ちで眺める彼の姿は、あまりにも滑稽で。
「こうも簡単に釣れると思ってなかった。」
釣り竿の先を揺する。すると、鍵屋がぴょんと飛び跳ねる。ぶらさがった飴を掴もうと鍵屋は必死だ。猫をじゃらしているようで面白い。人形師はますます上機嫌になる。
「飴、ちょうっ、だい。」
「頑張って、あとちょっと、あとちょっとだよう。」
結局、この状態は夜の妖精が通りかかって人形師をたしなめるまで続いた。


006:ポラロイドカメラ
「なぁに、それ。」
「スケッチブックだよ。そんなに珍しいものでもないだろう。」
「そうねぇ。だけど案内屋がそれを持っていると変な感じがするわ。」
「私だってたまにはスケッチをするんだよ。今描いていたのは、ほら。」
「星拾い屋とメリーアンね。上手ねぇ、予想通りだけど。」
「おや、ありがたい評価をしてくれるんだね君は。」
「いかにも、って雰囲気が漂ってるんですもの。なんでもてきぱきこなせそうな感じ。」
「そんなことはない。私にだって、できないことがたくさんある。むしろできないことだらけだ。」
「知ってるわよ、ちゃんと。雰囲気の話よ、ふんいき。ところで、なんでスケッチなんてしてたの?あんまりにも突然じゃない。」
「単に、描きとめておきたかったんだよ。あまりにもあの二人が可愛らしくてね。」
「カメラなんて持ってないものねぇ。」
「今しばらくの間、私はランタンではなくてインスタントカメラになることにしたんだよ。」
「そう。あなた、優秀なカメラになれてると思うわ。」
「そうかね。ありがとう。」


007:毀れた弓(こわれたゆみ)
「だからやめておきなさいと言ったのだがね……。」
ほら、言わんこっちゃない。そんなニュアンスを含め案内屋がため息をついた。困惑し切った少年は、使い物にならなくなってしまった弓だったものが抱いている。
少年は腕の中の弓を見下ろす。弓には蔦がはびこり花が咲き、矢をつがえることなどできなくなっていた。蔦の隙間から覗く柄の部分は長い間雨風に晒されたかのように劣化している。強く握りしめたらばらばらに砕けてしまいそうだ。
"イノナカ"には武器を持ち込むことはできない。説明は受けていても得物がこんなふうになってしまうとは思っていなかった。少年は少なからずショックを受ける。長い間この弓だけでいくつもの戦いをくぐり抜けてきたのだから。
「その弓はインテリアにでもしておいたらいい。」
案内屋が慰めの言葉を口にした。さらに少年の肩に手を置き話を続ける。
「この狭い世界に君が弓をつがえるべき相手はいない。安心したまえ。」
少年はうなだれながらも頷いた。


008:パチンコ
「……小学生?」
「ショーガクセ?がなにかは知んねーけど、コレに対する言葉だよなそれ。」
「うん。なんでパチンコなんて装備してんのってこと。」
「んー、そこにパチンコがあったから?」
「その名言が許されるのは偉人だけだからね?」
「これだけでじゅーぶんだろ、理由なんて。」
「奪い屋がそういうもの持ってると不安を煽られるの。いかにも、って感じがして。」
「やーんアイリスの中のオレのイメージどーなってんのぉ?」
「ろくでもないデストロイヤー。」
「評価ひど!!」


009:かみなり
雨降って地固まる。ことわざが頭に思い浮かぶ。しかし、いつまでたっても雨がやまない場合にどうすれば良いのかなんてことは教えてくれない。この場においては全く役に立たない言葉である。
「あんたにはわかんないだろうなぁこの曲線美をいかに表現するかなんて!平べったくてスケスケなもんしかいじくったことのないあんたにはさ!」
「別にどうでもいいし。あと曲線美とか言うな、曲線美が聞いて呆れるようなもんしか作ってないくせに。」
「はぁあ!?あんたはこの微妙なカーブの良さもわかんないんだね!あとこれを作るために私はどれだけ苦労したことか!!」
「それこそ知らね。職人なら黙って苦労するもんだろ。お前はうるさすぎんだよ。」
工房の端と端、互いに背を向け合いながらも銀細工師とガラス細工師の罵倒は続く。その一方口と手は完全別作業中のようで、ふたりの指先は鉛筆を握りしめていた。用事があって来ていた案内屋が、見るに見兼ねて仲裁にはいる。
「まぁまぁ、喧嘩はやめないかね。」
「「案内屋は(黙ってて!!)(黙ってろ)」」
案内屋は肩を竦め、ないはずの口を閉ざした。細工師双子の工房はいつものように怒声が鳴り響く。


010:トランキライザー(抗鬱剤、精神安定剤)
こんなに安心した気持ちになれたのはいつぶりだろうか。少なくとも井の外にいた時は長らく焦っていたような気がする。いやに周りがはっきり見えて焦燥感だけはっきりと感じていた。背中全体を炙られているような、それでいて頭の中は冷や水に浸されたみたいな、そんな感覚。身体が少しずつひび割れて壊れていきそうな錯覚に陥った。心臓をじわじわ責め立てられるような不快さが今も胸の奥にじん、としみを残している。
それ以外のことは、もやがかかったみたいに不鮮明で思い出すことができない。今ここで自己分析してみると感じていた焦燥感があまりにも大きすぎたんじゃないかと思う。何故あんなに自分は焦っていたんだろう。一体何に追われていたんだろう。
…………。……。
まぁ、いいや。今はこんなにも心穏やかなんだから。あの不快感を思い出さないように、そっともやにくるんで頭の片隅においやった。
おやすみなさい。


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