とにかく痛い、という感覚だけあった。特に腹のあたりがひどい。骨が折れて、内臓に傷がついているのだろう。痛みが強すぎるが故に意識を失うこともできず、埃っぽい寝台の上でのたうちまわる。全身を支配する痛みはたやすく死を連想させた。ああ、このまま死ぬのか。なんてあっけない。
「アテ」
 明滅する意識の狭間で、声が聞こえた。低く、滑らかなその声はこんな時でも不思議なほどすんなり耳に入ってくる。重い瞼を持ち上げるとクロロが見下ろしていた。
「なんだ、もう死ぬのか」
 顔を覗き込まれる。いや顔じゃない、目だ。この男の関心はそこだけ。私の存在など眼球の付随物でしかない。
「お前の眼を俺にくれるんじゃなかったのか?」
 揶揄うような物言いにぐっと歯を食いしばる。まだ死ねない。クラピカの存在を知られてしまった以上、死ぬわけにはいかない。
「たすけ、て」
 喉から声を絞り出して助けを乞う。苦しみから解放されるには目の前の男に縋るしかなかった。
「いいぞ」
 クロロはあっさり了承すると手に持った本を捲った。突如として現れたそれに驚き凝視する。しかし、次の瞬間には目の前が真っ暗になった。
「なに……」
 あたりは暗闇に包まれ、クロロの姿も見えなくなる。ふいに、ズル、ズルと何かを引きずるような音がした。音はゆっくりとこちらに近づいてくる。慣れたはずの暗闇がいまは恐怖を煽る存在と化していた。
「ひっ」
 やがて、音の主が姿を現した。それは巨大な塊だった。私はそれを何と呼べばいいのか分からなかった。だが人でないことだけは分かる。顔らしき部分が横一文字に裂け、そこから巨大な舌が飛び出し、粘液が垂れ流れている。巨躯を揺らしながらゆっくりと近づいてくるそれに身震いするほどの嫌悪を催した。
 長い舌が横たわる私のつま先に及ぶ。極度の恐怖で歯の根ががちがちと鳴る。ぐばり、と開いたそれに悲鳴をあげる暇もなかった。
 足の先から飲み込まれていく。避けることも抗うこともできず、馬鹿みたいに簡単に食われる。ずらりと並んだ鋭い歯で肉を噛みちぎられ、延々と噴出す鮮血を見ながら、意識が遠のいていった。
「は……、はっ、はぁ、はぁっ!」
 気づいた時には化け物の姿は消え、あたりは元の光景に戻っていた。心臓の潮流が激しく波打つ。足がちゃんとついていることを確認して心の底から安堵した。
「変わらないな」
 落胆の滲む声が降ってきて息をのむ。見上げると、クロロがつまらなそうな顔でこちらを見ていた。さっきのおぞましい化け物はこの男が見せた幻覚だ。私を緋の目にするために。得体の知れない戦慄が身の内を突き抜けた。
「命拾いしたな」
 それだけ言い残すとクロロは去っていった。
 気づけば、体の痛みはなくなっていた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -