「外出許可がおりたんだ!」
 息を切らして祠にやってきたクラピカは開口一番にそう言った。
「これでパイロの目の治療法を探せる!」
 喜色に満ちた声色でクラピカは未来への展望を語り始めた。賢くて勇敢な彼は自ら道を切り開いたのだ。私とは違う。生きる世界も何もかも。だから寂しいなんて思っちゃいけない。笑顔で見送らなければ。
「アテ」
 クラピカは私の手をギュッと掴むと、何かを手のひらに押し込んだ。固い。ガラス玉のようなつるつるとした触り心地がする。
「それ、アテの呪いを解く薬なんだ」
「え……」
 言葉を失う。なぜ、そんなものを。
「長老の部屋で見つけたんだ。本人が言ってたから間違いない」
「なっ……盗んできたの!? そんなことしたら大変なことになるよ!」
「中身を入れ替えてきたからバレやしないよ。見た目には普通の目薬と変わらないし」
 信じられない。どうしてそんなに平然としていられるんだ。こんなもの受け取れるわけがない。今すぐ元の場所に戻してきて。そう言ってクラピカに突き返せばいい。なのに、震える手はそれを握ったまま離さなかった。
「オレ、アテの目も治してやりたいってずっと思ってたんだ」
「クラピカ……」
 そんな風に思っていてくれたなんて。どうしてこんなに優しいのだろう。今は彼の気持ちに応えたい。そんな思いでいっぱいになった。
「必ず戻ってくるから。その時までに毎日それを目に差しておいて」
「……うん。分かった」
「目が治ったら、色んなものを見せてやるよ!」
 クラピカと同じものが見れるなんて、なんて素晴らしいのだろう。これ以上ない幸福感の中、街を出るクラピカを見送った。


 目薬は毎日ちゃんと差し続けること。その教えを忠実に守り続けた。薬は本物のようで徐々に視界が明瞭になっていくのが分かった。嬉しい。目が見えるようになったら、まずはクラピカの顔が見たい。きっと綺麗なんだろうな。あと、クラピカからよく話を聞くパイロの顔も見てみたい。きっと聡明な見た目をしているんだろう。あと、それと、次は……。
 そんな夢想を続けて幾日か経ち、 ついに私は視力を取り戻した。だけど、初めてこの目に映す景色には夢見ていたような美しいものなんてひとつもなかった。まず目に入ったのは己の体だ。こんな薄汚いものをクラピカに晒していたのかと思うとゾッとする。次に目に入ったのは足元に不気味に散らばる物たちだ。それは、かつて人であったものの成れの果てなのだと本能的に察した。ここで生涯を終えた忌み子たちの残骸。その時になってようやく己の愚かさに気が付いた。この暗く狭い祠で、私は一生を過ごす。その絶望を、この先ずっとこの目に映していかなくてはならないのだ。はっきりと映すようになったこの目で、ずっと、ずっと、ずっと。後悔してももう遅い。視力は完全に回復してしまった。ただひとりの光が差し伸べる手によって、これ以上ない絶望を掴み取ってしまったのだ。ああ、ああ。こんなもの、見たくなかった。こんな、こんなおぞましい現実なんて、見えないままでよかった!
 この日、私は生まれて初めて涙を流して泣いた。

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