うそだらけの噛み跡


 ずっと、ゴンのことが嫌いだった。

 家出したキルアを追いかけて参加したハンター試験。そこで出会った少年は、いとも簡単にキルアの心に入り込み、光の方へと連れ出した。ずっとキルアのそばにいた私ができなかったことを出会ったばかりの少年がやってのけたのだ。悔しかった。羨ましかった。ただの嫉妬だと分かっていても、それでもゴンを毛嫌いせずにはいられなかった。私がずっと望んでいたものをあっさり手に入れておいて、当の本人はずっと別の方向を見ているのだから、それはもう憎らしくてたまらなかった。

「ゴンなんて嫌いだ」

 口癖のようにしつこくそう繰り返した。まるで何かの使命感に駆られたかのように。だけど、いくら冷たい態度をとってもゴンは気にした様子もなく構ってきて、余計に私を意固地にさせた。

 そんな大嫌いだった相手が瀕死の重体だという知らせを受けたのは、ヨークシンシティで彼らと別れてから一年近くが経った頃だった。父親を探すためG・Iをクリアした彼らは東ゴルトーへと足を踏み入れ、キメラアントと呼ばれる存在と戦った。その反動でゴンは瀕死の状態になっている。電話口で説明するキルアの声は固く、状況の深刻さを物語っていた。
 私はすぐさまゴンの元へと駆けつけた。そして、かつての彼とはあまりにもかけ離れた姿を見た。これはもう助からない。私は絶望に崩れ落ちた。だけどキルアは違った。「助かる方法はある」そう言い切る彼の目は確信に満ちていた。

「ナマエにも手を貸して欲しい」

 一も二もなく頷いた。キルアの力になりたい。そして何より、ゴンを助けたい。その時、心の奥底に封じ込めていた感情が一気に溢れ出すのを感じた。



「この死に損ない。自己中野郎。暴走機関車!」
「……ごめん」

 病室のベッドで上体を起こした状態のゴンを睨みつけながら、思いつく限りの暴言を浴びせる。冷たい言葉の刃を受けながら、ゴンは意気消沈とした様子で顔を伏せていた。さっきまで包帯で覆われていた顔には傷ひとつ残っていなくて、何度目かの安堵の息をもらした。

 今、病室には私とゴンしかいない。ゴンを治したあと、キルアは思いつめた顔で「やり残したことがある」と言い、アルカと共に出ていった。キルアの様子は気になったけど今はゴンのそばを離れる気にはなれなかった。
 ナニカの力によって、ゴンは元通りの姿になった。それはまるで魔法にかけられたかのようで。昏睡から目覚めた本人も自分の身に何が起きたかさっぱり分かっていなかったので、これまでの経緯を懇々と説明した。多分に説教を混じえながら。

「どれだけ無茶したか分かってる?こうして普通に戻れたのが奇跡なんだからね」
「うん、反省してる」
「嘘だ。絶対またやるでしょ。ゴンってそういう奴だもん」

 ゴンが困ったように眉を八の字にさせる。それでも、まだまだ言ってやらないと気が済まなかった。

「みんなが、どれだけ心配したか……」

 いろんな感情がこみあげてきて、喉がつまる。

「心配かけてごめん」

 膝の上に置いた拳にゴンの手が触れる。手のひらの熱いくらいの温度に、不覚にも涙が出そうになった。

「ゴンなんて、嫌いだ……」
「うん、ごめん」
「大嫌い」
「ごめんね、ナマエ」

 嫌い、嫌いと繰り返す私を澄み渡った瞳で見つめたまま、ゴンは触れた手をぎゅっと握り込んだ。熱が指をつたい、心臓にとけこんだような気がして、とうとう涙がこぼれた。

 ずっと見ないふりをしてきた。出会ったあの日から芽生えた感情を。どうしても認めたくなくて『嫌い』という言葉でごまかしてきた。だけど、もう誤魔化しようがないくらい大きくなってしまった。きっとゴンは分かっていない。胸の内でのたうち回るこの想いも、何もかも。今こうして泣いているのも、仲間の領域に留まった涙に過ぎないと思っているだろう。それでいい。もとより打ち明けるつもりなんて毛頭ないのだから。

 時間が経つにつれて泣きじゃくっているのが恥ずかしくなってきて、ゴシゴシと目元を拭った。

「ほら、立って! 早くみんなに元気な姿を見せてきなよ!」

 腕を引いてベッドから立ち上がらせる。もの言いたげなゴンに向かって「レオリオが待ってるよ!」と背中を叩いた。離れがたい気持ちはあったけど、ぐっとこらえて送り出す。いつまでも私が独占しちゃいけない。ゴンの帰還を心待ちにしている人はたくさんいるんだから。
 ゴンは口元を引き締めて頷くと、出入り口に向かって駆け出した。かと思えば、くるりと振り返った。さっさと行け!と視線で訴えるが、ゴンは晴れ晴れとした笑みを返してきた。

「待っててくれてありがとう。オレ、ちゃんとナマエのところに帰ってくるから! だから、その時はもう少し素直になってね!」

 言われたことを一拍遅れで理解して、頬に熱が集まるころには、ゴンはいなくなっていた。

「…………はあああ?」

 血が熱を帯びてめぐるのがわかる。もしかして、本当はすべて見透かされているのだろうか。もし、もしそうだったら羞恥のあまり死ぬかもしれない。冗談ではなく本気で。

「どうしよう……」

 次会ったときどんな顔をすればいいんだ。どう取り繕ってもボロが出る気しかしない。
 ひどくまっすぐな、底の知れない笑顔を思い出す。とうてい太刀打ちできない未来がたやすく想像できて、今はただ途方に暮れるしかなかった。


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