夜明けよりもやさしい


 ハンターとして生きることを選んだ。いつ命を落としても心残りがないように生きてきたつもりだった。だけど、最後に心に浮かぶのはやっぱりあの人の姿で。 とめどなく湧き出す後悔に苛まれながら、私は意識を手放した。



「ナマエ」

 名前を呼ばれた気がしてふと眼を開けると、うつつな網膜に大きな人影が映りこんだ。

「目ェ覚めたか」

 ぼやけたシルエットが覗き込むように喋りかけてくるが、頭の半分はまだ眠りの領域に留まっていてうまく働かない。ただ、その声には聞き覚えがあった。優しくて、安心する声。

「気分はどうだ。吐き気はねぇか?」
「……うん……」
「よし、ならまだ寝とけ」

 前髪のあたりにぽん、と大きな掌がのせられる。その感触をたしかに覚えているはずなのにそれが何かはっきり思い出せなくて、喉の奥からもどかしさが込み上げた。

「あの、あなたは……」
「ん?」
「だれ、ですか?」
「は……?」

 頭上の人物は唖然とした様子だった。そして、ひどく焦ったように身を乗り出してきた。

「おまっ、オレのことがわかってねぇのか!?」
「……はい」
「おい、嘘だろ? ナマエ、オレだっ! レオリオだ!」
「…………れおりお?」

 耳を劈く大声にはっとする。頭にかかっていた靄が晴れて、次第に目の前の輪郭がはっきりしてくる。そこには、久しく会っていなかった仲間がいた。

「あっ、ホントだ。なんだレオリオかぁ」

 久しぶり、というつぶやきと共に笑みがもれる。レオリオは大きく息を吐き出しながらガックリと項垂れた。

「おっまえ…っ! 寝ぼけんのも大概にしとけ! 焦っただろうが!」
「ごめんごめん。なんか視界がはっきりしなくてさ」

 あはは、って笑いながら言えばレオリオはふたたび深々と息を吐いた。その姿をまじまじと眺めてしまう。

「本当にレオリオがいる……夢じゃないよね?」
「やっぱりまだ寝ぼけてるみてぇだな」

 手の甲で額を軽く小突かれる。ふわ、とかすかな香水の香りが鼻腔をくすぐって、レオリオの存在を改めて実感した。

(あれ……なんでレオリオがいるんだろう)

 彼は遠い地で医者になるための試験勉強をしている筈だ。やっぱり幻覚を見ているんだろうか。真相を確かめるべく体を起こそうとすれば「おい!無理に動かすな!」と諌められた。

「麻酔が効いてるから分かんねぇだろうが、今お前は全身打撲でひどい状態だ。絶対安静だ!」

 そう言われて、ようやく自分の身に起きたことを思い出した。
 最後の記憶は、鬱蒼とした森の中だった。折り重なるように生えた枝の群れに向かって伸ばした手は虚しく空を切り、崖の下へと落ちていく。身体中をしたたかに打ち付け、薄れゆく意識の中でたしかに死を覚悟した。はずだった。

(そっか……私、生き延びたんだ……)

 目だけを動かしてあたりを見回すと、病室らしきところで寝かされているのだと気がついた。
 きっとレオリオは私の状態を知って飛んできてくれたんだろう。改めてその顔を見ると憔悴の影が残っていて、いたたまれない気持ちがこみあげた。

「ごめん、心配かけたね」
「まったくだ! どうしてオメーらはそう無茶ばっかりするんだよ。こっちの身にもなりやがれ」

 命知らずな仲間たちのことを思い出して笑みがもれる。すかさず「なに笑ってんだオメーは」と突っ込まれた。
 
「なんだか夢の続きを見てるみたい」
「夢?」
「夢っていうか走馬灯ってやつだったのかも」

 レオリオは眉を顰めながらも、腕を組んで聞く姿勢に入ってくれる。その優しさにどうしようもなく嬉しくなる。

「死にかけた時に色んなことを思い出したんだよね。故郷のこと、家族のこと……みんなのこと。それなりにいい人生だったんじゃないかなって思ってたんだけど……」

 あの時、強く願ったことが脳裏に蘇る。説明のつかない感情に駆り立てられ、私は言葉を続けた。

「もうすっかり諦められたと思ってたのに、最後の最後に自分の本心を思い知らされたよ。やっぱり心残りってあるんだなぁっと思ってさ。最後に一度でいいから会いたくて、どうしても会いたくて……なのに目が覚めたらいるし。なんだこれ夢か?って。人生最後の願いだったのに叶っちゃったなぁ」
「……ナマエ」
 
 目線を上げると、レオリオは困ったように顔をかいていた。

「お前、誰かと間違えてねぇか?やっぱりまだ寝ぼけて……」
「失礼な! ちゃんと起きてるよ!」

 分かってる。こんなことを言ったってレオリオを困らせるだけだってことくらい。でも、私はもうあんな後悔を味わいたくない。

「せっかく願いが叶ったし、次死ぬときにはなんの心残りもないようにしておかないと思ってさ!」

 空笑いが病室に響く。「死ぬこと前提に行動すんな!」ぐらいに言われるかと思いきや、レオリオは何も言わなかった。唐突に訪れた沈黙にいたたまれない気持ちになる。人間、死を覚悟したら怖いものなんて無いって開き直ったつもりでいたけど、やっぱり気まずいものは気まずい。
 どう話題を変えようか考えあぐねていると、ふいに手の平で視界を塞がれた。

「……オレはな、酔っ払いと病人の戯言は聞かねえって決めてんだ」
「病人じゃなくて怪我人だけど……」
「同じようなモンだ! とにかく今は治すことだけ考えろ。いいな!」

 あ、流されちゃったか。そっか。なかったことにはされたくなかったんだけどなぁ……。
 涙ぐみそうになって唇を噛む。すると、いかにもばつが悪いといった声が落ちてきた。

「まさかこんな不意打ちで言われるなんて思わねーだろ……」
「レオリオ?」
「こっちだって色々考えてたっつーのに……くそっ、やられたぜ」

 ガシガシと頭を掻く音が聞こえてくる。どういう意味だろう。レオリオの顔を見たいと思ったけど、目隠しされてるせいでそれも叶わない。ただ、やわらかく包み込んでくる手の平の熱が伝染するようにじわじわと胸が熱くなった。

「いいか。ナマエの怪我が治ったら仕切り直すからな」
「それって……」
「やられっぱなしは性に合わねーんだよ!」

 ヤケクソ気味のレオリオの声。指の隙間から赤くなった耳が見えて、淡い期待が確かなものへと変わる。

「先に言っとくが、オレはかなり過保護だからな。いわゆる束縛男ってやつだから覚悟しとけ!」

 そんなの、もう仕切り直すも何もないじゃないか。思わず噴き出したら「笑うな!」と怒られた。それでもこみ上げてくる喜びに口元がほころぶのを抑えられない。目元を覆っていた手をどかすと、不機嫌そうに口を尖らせたレオリオと目が合った。明らかに照れ隠しなその表情がおかしくって声をあげて笑った。

 まずは一刻も早く怪我を完治させなきゃいけない。レオリオ曰く、今の私が何を言っても受け入れてくれないみたいだし。治ったらまた私から言ってやろう。『レオリオこそ覚悟してよね』って。


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