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愛の定義を教えておくれ 2


 オレは無性にイライラしていた。それはもう、誰彼構わず殺してやりたいくらいに。
 苛立ちを鎮めるため、旅団の活動にも積極的に参加した。だけど団長からは無駄な動きが多いと諌められ、ウボォーやノブナガからはお前が派手に暴れるからこっちは暴れ足りないなどと散々文句を言われて、結果的に余計に苛立つ羽目になってしまった。

「くそっ」

 思わず悪態をつく。頭の中を渦巻くのは、先日フィンクスから言われた台詞だ。
 
『向こうは終わったつもりだろーよ』

(そんなわけないだろ)

 頭の中で蘇る声を否定する。しかし何度切り捨てようともフィンクスの声が耳の奥にこびりついて離れなかった。あの日以来、ナマエから何の音沙汰がないこともフィンクスの言葉に真実味を帯びさせるようで気分が悪い。そんなはずはない。あれはオレに心酔しているんだ。こっちから捨てるならまだしも、ナマエからオレの元を離れていくなんてことが有り得るはずが……。

「チッ」

 思考を止めるべく舌打ちをする。ナマエごときに心を乱されるなんてプライドが許さなかった。
 無理やり頭を切り替え、懐から携帯を取り出してすぐにでも抱けそうな女を呼び出した。
 適当に入ったホテルは何だかやけに安っぽかった。コンクリートそのままを壁紙で張ったような内壁。毛羽立ったカーペットが敷かれた床に、安っぽい天蓋のベッド。部屋の隅々まで充満するきつい芳香剤の匂い。
 何もかもが不愉快だった。自分でも不思議なほどに五感で感じるあらゆるものに苛立った。
 事が済んでも、胸にまとわりつく苛立ちは消えるどころか、ますます強くなるばかりだった。
 糊が効きすぎたシーツの上で腕を絡めてくる女を鬱陶しく思う。今すぐその腕を振り払って出て行ってやりたいけど、そうしたらなぜか負けな気がして、オレは苛立ちを隠しながら女に話を投げかけた。

「ね、オレが人殺しだって言ったらどうする?」
「えー?」

 何それこわぁい、と耳障りな甲高い声が響く。冗談としか思っていないのだろう。今ここで冗談ではないことを証明してみせたら、一体この女はどんな反応をするだろう。涙を流して命乞いするだろうか。それはあまりにも陳腐な反応だった。考えるだけで嫌気がさす。
 湧き上がる不快感から逃れるように、寝返りを打って女に背を向ける。
 そのとたん、彼方に放り投げていたはずの記憶がふいに蘇った。初めてナマエと会った日のことだ。
 ――出会いは偶然だった。 あの日は一際大きな仕事があって、たくさんの人間を殺した。その現場にたまたま居合わせたのがナマエだった。
 一面に広がる血の海。返り血まみれのオレを見てナマエは硝子玉のような目を見開き、すぐに目線を足元に落とした。声も出せないほど恐れ慄いているのかと思いきや、ナマエは自分のつま先をじっと見つめながらぼやくように呟いた。

『おろしたての靴なのに、汚れちゃった』

 それが、ナマエとの出会いだった。
 最初に興味を持ったのはオレの方だった。物珍しさから声をかけ、その捉えどころのなさに益々興味を惹かれて熱心に口説いた。そして、手に入れた途端にどうでもよくなったのだ。
 一つ思い出すと、連鎖的にたくさんの思い出が呼び起こされた。よりにもよってこんな時に、と苦々しく思う一方で、懐かしさも感じていた。
 あれこれ記憶を巡った末に、ナマエと最後に会った日のことを思い返した。

『じゃあ、さよなら』

 記憶の中の声が思いがけず冷え切っていて、オレは密かに息をつめた。
 ナマエのあんな声、今まで聞いたことあったっけ。声だけじゃない。いつも縋るようにこちらを見上げていた目も、めずらしく冷ややかではなかっただろうか。
 どれもこれも自分が知るナマエとはかけ離れていて、得体の知れない焦燥がせり上がってくるのを感じる。振り払おうとすればするほど焦りは強くなって、オレはとうとうベッドから起き上がった。

「えっ、どうしたの?」

 急に身繕いを始めたオレに、ベッドに転がる女が戸惑ったように声をかけてくる。その声を背に受けながら服を着てドアノブに手をかける。「どこ行くのよ!」呼び止められたが、振り返ることなく部屋を出て行った。


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