ぼくのドロシー
あの気狂いピエロに恋人が出来たという噂を耳にした。なにやら相当な美女といい雰囲気で歩いていたらしい。だから最近姿を見せなかったのか。合点がいくと同時に、釈然としない気持ちになった。
正直に言う。気に食わない。あれだけしつこく人の事を追いかけ回しておいてどういうつもりだ。飽きたらポイか。なんて勝手な奴なんだ。あまりにも呆気なく見放されて、思いがけず腹を立てている自分がいた。ついこの間まで嫌で嫌で仕方なかったのに。どうしてだか今は、色んなものをぶっ壊したい気分だった。
そんな不可解な心境を、同じストーキング被害者である団長に吐露したところ、おかしなものを見るような目をされた。
「毒されてるな」
正気になれ、と真剣に諭される。
頭は正常なつもりだったけど、いつの間にかあのサイコ野郎に当てられておかしくなっていたらしい。気をしっかり持とう。
そうやって自分に言い聞かせて、心の平穏を取り戻そうとしたけど、ダメだった。日に日に苛立ちが募っていくばかりで自分じゃどうすることもできなかった。感情がコントロール出来ないなんて生まれてはじめてかもしれない。
「やぁ、久しぶりだね」
そんな折、何食わぬ顔でヒソカがホームにやってきた。実に数週間ぶりの来訪だった。
その姿が目に入った瞬間、頭の中で何かが弾け飛んだ。
気付いたらヒソカの頬を張り飛ばして、倒れ込んだところを馬乗りになっていた。周りにいる団員たちが驚いているのが気配でわかる。殴られたヒソカも、珍しくキョトンとしていた。私だってびっくりだ。まさか自分がこんなことをするなんて。わりと冷静な人間だと思っていたけど、自己認識を改めた方が良いみたいだ。
「この浮気野郎」
高ぶる感情のまま、口から勝手に言葉が出てくる。頭の片隅に追いやられた冷静な自分が「な、何だってー!?」と叫び声をあげた。
おかしい。物凄くおかしなことを言ってるぞ私。分かってるのに、もう止められなかった。
「次同じことしてみろ。相手の女もまとめて殺す」
胸ぐらを掴んでそう言えば、ヒソカの瞳が今度こそ驚きに見開かれた。
「あんたは私のことだけ見てればいいんだよ」
うん、これだ。これが言いたかったんだ。ぼんやりと彷徨っていた感情のピースが、自分が発した言葉によってカチリと当てはまった。
言いたいことが言えて晴れやかな気持ちでいる私に、ヒソカは愉悦にまみれた笑みを向けてきた。
「…………やっぱりキミって最高だね」
服を押し上げて隆起する股間が目に入ってげんなりとする。こんな変態相手に何をやってるんだ私は。
激しい後悔の念に襲われる一方でなんだか満たされた気持ちになる。心底認めたくないが、こいつの視線を独り占めすることが私の望みだったらしい。私の頭もとうとうイカレてしまった。
「ナマエからこんな熱烈なプロポーズをされるとは思わなかったよ。結婚でもするかい?」
「調子のんな」
ニタニタとだらしない顔が癪に触ってヒソカの股間を蹴り上げた。