おそろいの檻 3
「ナマエは何もわかっていない」
硬い声が耳に届く。咄嗟に顔をあげれば、ひどく真剣な眼差しに射抜かれた。
「答えはノーだ。お前をここから出すつもりはない。」
クラピカは毅然とした口調で言い切った。その思いがけない頑なさに、ゴクリと唾を飲み込む。
「……なんでよ。ちょっとくらい自由にしてくれてもよくない?」
「そう言いながら私たちの前から姿を消すつもりだろう」
「そんなんじゃないって」
まずい。完全に読まれてる。
クラピカは冷静だった。しかし、瞳には信念の炎が燃えている。その瞳にたちうちできない強さを感じて、次第に焦りが募っていった。
「ナマエは、私が義務感でこうしていると思っているんだろう」
鎖を掴まれ、思わず手を引っ込めようとしたが、逃げることは許さないとばかりに引き寄せられた。一人分あいていた距離が縮まって、ソファについた手の先がクラピカの膝にぶつかる。強い視線を向けたまま、クラピカはさらにたたみかけた。
「ナマエをここに閉じ込めてから、私が何を考えていたと思う?」
「何をって……そんなの……」
いくつかの回答が脳裏に過ぎる。しかしクラピカの鬼気迫る迫力を前にするとどれも当て嵌らない気がして、答えに窮してしまう。
なんと答えるのが正解だろう。いや、それよりもどう切り返したらこちらのペースを取り戻せる?どうすればいい、どうやったら……。
ぐるぐると、頭のなかで思考の行き止まりにぶち当たっていると、かすかに舌打ちしたのが聞こえた。一瞬ひやりとしたけど、次に発せられた言葉からそれがクラピカ自身に向けられた苛立ちだと知った。
「ナマエが私の鎖で繋ぎ止められている姿を見ると錯覚しそうになる。まるで、ナマエがこの手にあるみたいだと……自分のゆがんだ思考に反吐が出る」
口元を歪め、いかにも苦々しくそう語るクラピカを、私はただ、ぽかんと見つめることしかできなかった。
……なんだか、ものすごいことを言われている気がする。だけど混乱した頭じゃうまく処理ができなかった。いや、理解することを脳が拒否してるのかもしれない。
停止する脳とは対照的に、心臓はせわしなく拍動していた。どくどくと脈打つ音につられて、ひどく落ち着かない気持ちになっていく。
「ど、どうしちゃったのクラピカ。なんかおかしいよ」
「おかしくもなる。あんなことをされたら……いや、違うな。これは、私が元から抱いていた感情だ」
自分の心の動きを確かめるみたいにクラピカが胸を押さえる。その姿を、私は末恐ろしい心地で見た。それはたしかに恐怖だった。これまで手つかずのままないがしろにしてきた根幹の部分に触れられるような、未知なる恐怖。
とっさに、自分の耳か相手の口を塞いでしまいたくなった。しかし行動に移すよりも早く、追撃の矢が放たれる。
「ナマエは、私が生きていればよかったのか?生きてさえいればそれで満足だったのか?」
「……そう、だよ」
「私は、」
言葉を区切って、クラピカが手を伸ばす。頬にふれる手のひらの熱いくらいの温度に、みっともなく体がビクついた。
「すべてが終わったらナマエと共に生きたいと思っていた」
――その言葉は、とてつもない衝撃を伴って私の中に落とされた。
「ずっと考えていたことだ。残り少ない命で無責任な発言はできないと思っていたが……」
クラピカは続ける。もうやめてくれ!と叫びたくなるが、実際は唇を噛み締めるのが精一杯で。完全にキャパオーバーだった。
「あの時、お前は私に幸せになれと言ったな?悪いが、それはナマエがいないと成立しない」
「……っ」
ざわり、と全身が総毛立つ。腹の底から堪え難い何かが込み上げて、みるみる頬に熱が集まるのがわかった。
「ちょ…っ、な、何を言っ……」
「……ナマエのそんな顔を見るのは初めてだな」
アーモンド型の猫みたいな目にしげしげと眺められて、さらに熱が上がる。顔をそむけようとするが、添えられた手がそれを許さない。さらに親指の腹でそっと目尻を撫でてくるものだから、もうたまらなかった。
(嘘だ、こんなのあるわけない、だって、そんなの……)
にわかには信じられなかった。今しがたクラピカに言われたことは、紛れもなく私が抱いていた願いそのままだったからだ。心の底の、さらに奥底にしまいこんだまま見ないふりしてきた本心。クラピカも同じことを思っていたなんて。そんな夢みたいな話、あるわけがない。あるわけがないのに……。
目を伏せたままじっと耐える。クラピカも何も言ってこないから、しばらく沈黙が続いた。
かなりの時間が経ったような気がしたが、一分とたってはいなかっただろう。クラピカはふいに口を切った。