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ひずんで沈んだその愛に


※双子の姉設定です。苦手な方はご注意ください。



『申し訳ありませんが、今回の話はなかったことに……』

 液晶画面に映し出される無慈悲な一文。あと数分で出かけるというタイミングで落とされた一撃に膝から崩れ落ちた。
 もうこれで通算何敗目になることだろう。昨今の婚活戦場の厳しさにそろそろ心が折れてしまいそうだった。

「あっははは! 姉貴ダッセー!」
「うるさいよキル……」

 しばし自室で打ちひしがれ、やけ食いでもしようかと食堂に向かっている途中で三男に見つかった。目敏いキルアは一瞬で状況を察したらしく、目を光らせながら質問攻めしてきた。からかわれるのが嫌で誤魔化そうとしたけど「どうせまたダメだったんだろ? そんなしけたツラしてたらバレバレだっつの」の一言でもう認めるしかなかった。

「当日にドタキャンされるとかよっぽどじゃねー?」
「うっ……」
「ってかもう何回フラれてんだよ! こりゃ結婚なんて夢のまた夢だな」
「うううう……」

 容赦のない口撃になけなしのHPがガリガリと削られていく。悔しい。でも何も言い返せない。言われるがまま立ち尽くしていると、聞き慣れた金切り声が耳を劈いた。

「まああ! キルったら! お姉ちゃんになんてことを言うのかしら!」
「げっ、おふくろ」

 現れたのは母さんだった。その後ろにカルトも。ふたりの登場により、キルアはつまらなそうに口を尖らせた。

「心配しなくていいのよ! またすぐに次の相手を見つけてあげますからね!」
「ありがとう母さん……」
「お姉様、あまり気を落とさないで」
「カルトぉ……!」

 思わず涙ぐむ。なんていい子なんだろう。まだからかい足りないって顔してるキルアとは大違いだ。まあ、キルアもなんだかんだ気にかけてくれてるのは分かってるけど。
 もはや恒例行事になりつつあるやりとりの最中、ふいに背筋に悪寒が走った。誰よりも早くその気配を感知したが、行動を起こすには一歩遅かった。

「また失敗したんだ」

 抑揚のない声が響き渡る。頭を抱えたくなるのを堪え、背後にそろそろと視線を移した。

「イルミ……」

 その姿を目にした途端、顔がひきつるのが分かった。ああ、嫌だ。関わりたくない。

「懲りないね、お前も」

 嘲りがふんだんに混じった物言い。剣呑な空気を察したキルアがそそくさと逃げるのを視界の端でとらえた。

「無駄な努力はもうやめたら?」
「うっさいな、イルミに関係ない」
「オレは親切に忠告してあげてるんだよ?」
「何が忠告よ。嫌味の間違いでしょ」

 キルアと違って、こいつは嘲笑一色だ。不愉快には不愉快でしか返せない。敵意をもって睨むと、それ以上の殺気を込められ内心たじろいだ。

 私が婚活に精を出す理由は、この双子の弟にあった。私とイルミは死ぬほど折り合いが悪い。というか、私が一方的に嫌われている。顔を合わせるたびに嫌味を言われるのが嫌で嫌で、散々家を出たいと父さんたちに頼み込んだが「結婚するまで許さない」の一点張りだった。ならば正当な理由で出て行ってやろうと精力的に婚活を始めたというわけ。弟が嫌だから結婚なんて不純な動機かもしれないけど、こいつから離れるためにはそうするしかなかったんだ。

 数秒のあいだ睨みあいが続く。しかし、ふいにイルミが飽きたように視線を外した。

「ま、せいぜい頑張って。無駄な努力だろうけど」

 腹立たしい台詞を言い残してイルミは踵を返した。その後ろ姿をみて、胸のあたりがぎゅっと締めつけられる感覚を覚える。
 小さい頃は仲が良かったのに、いつからかこんなにも毛嫌いされるようになってしまった。その事実を突きつけられるたび、家を出たくてたまらなくなる。
 
「……母さん。私、次こそ成功させるから」

 そわそわと見守っていた母に向かって宣言する。母は喜色を溢れさせると「こうしちゃ居られないわ! ナマエにぴったりな殿方を探さないとね!」と慌ただしく去っていった。
 次の相手で結婚までこぎつける。絶対に。イルミの影をふりはらって、そう決意を新たにした。

 ――しかし、立ちふさがる壁は想像以上に分厚いものだった。


「あぁくそっ!」

 昼下がりの穏やかな陽気に包まれたテラス席に悪態が響き渡った。周囲に座る人から不審そうに見られたが、構っていられる余裕はない。お見合い相手に連続でドタキャンされたら悪態の一つや二つ吐きたくなるものでしょう!

「はぁぁぁ……」

 どっと遣る瀬なさが押し寄せ、テーブルに突っ伏した。どうしてこうなってしまうんだろう。選んだ相手が悪かったと自分を慰めてきたけれど、そろそろそんな気休めは通用しない回数に突入している気がする。大体、顔を合わせる前から断ってくるってどういう了見なわけ?

「なんなのよ、もう……」

 じわりと視界が滲む。情けなくて仕方ない。まるで世界中から拒絶されてるみたいだ。

「もう帰ろう」

 テーブルの端に置かれた伝票に手を伸ばすと、ふと目の前が翳った。

「や、ここ空いてるかい?」
「ヒソカ……」

 うげぇ、と顔面の筋肉をフル稼働して嫌悪感を顕わにしてやった。しかし相手は歯牙にも掛けず目を細めるだけだった。
 ヒソカとは何度か面識があった。だが、決して親しい間柄ではない。お近づきになりたくないのが正直なところだ。それに、今はこの厄介な男を相手にする気力なんてない。

「空いてませんお引き取りください」
「つれないなぁ」

 断ってるのに座ってきやがる。だったらこっちが立ち去るまでだ。ムカつくから伝票押しつけてやる。

「今日もフラれちゃったのかい?」

 腰を上げようとしたところで言われた言葉に動きが止まる。

「……イルミから聞いたの」
「正解」

 クソ! あいつ!
 本日二度目の悪態がもれそうになるが、ヒソカを喜ばせるだけだと必死に平静を装った。

「で、無様な私をからかいにきたってわけ?」
「まぁそうカリカリするなよ」

 ヒソカはさりげなく飲み物を注文した。居座る気満々かこの男。

「イルミとは最近どうだい?」
「仲悪いの知ってるでしょ。相変わらずよ」
「おやおや」
「そんなくだらない話をしに来たの? 相当な暇人ね」
「そ、ボク退屈してるんだ。だから暇つぶしにキミにイイこと教えてあげようと思ってね」
「……嫌な予感しかしないんだけど」

 この上なく胡散臭いが、耳を傾けずにはいられなかった。

「キミがことごとくフラれる理由、知りたくないかい?」
「は? 何それ、ヒソカがアドバイスでもしてくれんの?」
「まあそういうことになるかな。キミ、このままだと永遠に気づかなそうだし」

 ヒソカは至極楽しそうに笑いながら続けた。

「執着心の強い弟を持つと大変だね? お嫁にいくこともできないなんて」
「は? それどういう……」

 告げられた言葉の意味を考えるよりも先に、脳裏に見慣れた黒髪が浮かんだ。思わずヒソカの顔を見る。まさか。嘘でしょう? 嘘だと言ってくれ。懇願の目線は、愉悦混じりの笑みに一蹴される。

「マジックの種明かしさ」

 退屈を嫌う奇術師の笑みを尻目に、気づけばその場から駆け出していた。


 脇目も振らず家に帰って、真っ先にイルミの部屋へと向かった。奴が自室にいることは執事に確認済みだ。地面を踏み砕く勢いで廊下を横断し、イルミの部屋の真ん前に立つとドアを蹴り開けた。すぐさま、ソファにもたれかかったイルミと目が合った。

「全部あんたの仕業だったのね」

 主語もクソもない端的な言葉。しかし、イルミはすぐに察したようだった。

「うん、そうだよ」

 それがどうした? と言わんばかりの反応に一瞬虚を衝かれる。だが、すぐに怒りが駆け巡った。

「っふ、ざけんな!」

 馬乗りになって胸ぐらを掴む。イルミは涼しい顔のままで、その態度が余計に怒りを増長させる。

「こんなことして一体どういうつもり?」
「ただの暇つぶしだよ。情けない姉さんの姿を見るのはそれなりに愉快だったからさ。ま、最近じゃ飽きてきてたけど」
「こっの…っ!」

 煽るための言葉だと分かっていても、頭に血が上るのをおさえられない。相手を扱き下ろしたくて仕方がない。こみ上げる感情のまま、嫌味ったらしく吐き捨てた。

「そんなに私が家を出るのが嫌だった? ブラコンだけじゃなくてシスコンも拗らせてたなんて知らなかったわよ」

 相手を逆撫でするために言ったことだ。すぐに応戦してくるかと思いきや、息をのんだようにぴたりとイルミの動きがとまった。黒々とした目が泳ぎ、口の端がわずかに引き結ばれる。それは、ほんの一瞬の反応だった。イルミをよく知る人間ではなければ見逃すであろう些細な違和感。

『執着心の強い弟を持つと大変だね?』

 脳のシナプスが活性化して、ヒソカの声が蘇る。怒りに染まっていた思考は強い疑念に塗り替わり、答えを導き出せと急き立てる。衝動にかられるまま、無意識に声を発していた。

「イルミ、私のこと好きなの?」

 瞬間、イルミの肩がけいれんするように震えた。それが答えも同然だった。

「…………え、うっそ」
「本当、お前って」

 あまりにも低い声だったから聞き取れなかった。だが、声色から酷く不機嫌であることは分かる。まずい。本能でここにいてはダメだと悟ったがもう遅い。

「人の地雷を踏むのが得意だよね」

 忌々しいと言わんばかりの顰め面。致死量の毒にも眉ひとつ動かさない弟の感情丸出しの表情が、疑いようのない事実として胸に突き刺さる。イルミは、私のことが好きなんだ。そう嫌でも理解させられた。

(どうしよう、どう返すのが正解なの?)

 必死で考えても、混乱の極致にある頭でろくな策が浮かぶはずもなく。ようやく絞り出した案は、悪手としか言いようがなかった。

「ははっ……イルミったら意外とお姉ちゃん思いだったのね。知らなかったなぁー……」
「は?」

 鋭い口調にぎくりとする。

「お前のそういうところ、虫唾が走るよ」

 すさんだ眼差しに射抜かれたかと思えば、腕を掴まれソファに放り投げられた。

「うわっ!」

 仰向けに倒れこんだところを覆いかぶさってくる。逃げ出そうとくが、片腕で動きを封じられてしまう。

「この際だからはっきり言っておくけど」

 押し倒されて身動き取れないまま、ぐっと顔を寄せられる。垂れ下がった長い髪の間から正気の光を失った瞳が見えて、ぞっと背筋が凍った。

「オレは今すぐにでもお前にブチ込んでやりたいと思ってるよ」
「ぎゃあああっ!」

 こんなにも恐ろしい脅し文句があったなんて。聞くに堪えず耳を塞ごうとするが、腕を掴まれ阻まれる。無理だ。耐えられない。イルミが急に知らない人間に見えてきて、恐怖で叫び出したくなる。もはや半泣き状態だったが、イルミは容赦なく畳み掛けてきた。

「他の男と結婚なんてしてみろ。その時は相手もお前も殺す」

 はっと息をのんだ。言われたことの恐ろしさより、こちらを見下ろすイルミの表情に。おそろしい形相だけど、どことなく辛そうに見えるのは気のせいだろうか。……いいや、気のせいじゃない。ずっとイルミを見てきたんだ。毛嫌いされていたから余計に意識せずにはいられなくて。誰よりもこの弟の変化に聡い自信がある。
 意思疎通の取れないおぞましい存在のように見えていたけど、なんだか自棄になってるだけに見えてきた。きっとイルミも伝える気はなかったのだろう。それを軽率に掘り起こしたのは私だ。起こした責任は取らなくては。

「……つまり、イルミは私に一生この家にいろって言いたいわけ?」
「そうだよ」
「ゾルディック家の長女と長男が一生独身はまずくない? そもそも父さんと母さんが許さないだろうし」
「オレは結婚するよ」
「は? ……なんですって?」
「オレはこの家の長男として子孫を残す義務があるから」
「……じゃあ何? あんたは結婚して子供も作るけど、私は誰とも結婚せず生涯この家で過ごせってこと?」
「うん、そう」

 何を言ってるんだこいつは。ふつふつと怒りが蘇ってきたが、深呼吸して堪えた。

「イルミの言い分は分かった。でも、死んでもゴメンだわ」
「姉さんの意思は関係ない」
「関係ないわけないでしょ」

 腹を据えてイルミを睨む。ここで引いたら負けだ。

「私の意見を無視してねじ伏せるっていうなら全力で抵抗する。何でも思い通りにできると思うな」

 こちらの剣幕にイルミがひるむようにわずかに身を引いた。その隙をついて、革張りのソファの上を背で這って腕の下から抜け出した。

「大体ね、さっきから一方的すぎるのよ! こっちはいきなり色々言われて混乱してるんだから、少しは考える時間をくれたって良いでしょうが!」
「考えるだけ時間の無駄だろ」
「そんなの分かんないでしょ」
「分かるね。お前はオレを受け入れない」
「勝手に決めつけるな!」

 たしかにイルミをそういう風に意識したことはない。だからといって最初から全否定されると無性に腹が立った。歩み寄ろうとしてるのに、どうしてそんなうんざりした顔されなきゃいけないんだ!

「お前、さっきから自分が何を言ってるか分かってる?」
「分かってるよ。とにかくまずは話し合って、お互いが納得がいく妥協点を探そうって言ってんの」
「ははは、何それ。笑える」

 とことん人を見下した嫌な笑い。まるで私とイルミの間に、言葉を歪ませる不透明なレンズがあるみたいだ。

「そんなに言うなら今すぐ分からせてあげるよ」
「え? ――わっ!」

 ぐいと腕を前に引かれた。一瞬の浮遊感ののち、ぐるりと視界が反転する。荷物のように肩に担がれると、今度はベッドの上に放り投げられた。

「セックスすれば一発で分かるよ」
「いっ、いきなりそれ?」
「言い出したのはお前だよね?」
「いや私が提案したのは話し合いであってこういうことじゃ……ぎゃあっ!」

 再び押し倒される体勢に逆戻りしてしまった。必死にもがくが、顔に似合わず逞しい腕はビクともしない。イルミの手が服にかかり、紙切れみたいに引き裂かれる。反射的に悲鳴がもれた。その瞬間、イルミの表情がわずかに翳った。違う。こんなのは間違っている。このままいけば、きっと私はイルミを許せなくなる。そんなのは、いやだ。

「わっ、わたし、イルミのこと嫌いになりたくないっ!!」
「…………は?」

 とっさに口をついて出た言葉に自分でも驚いた。イルミも完全に意表を突かれたようで、珍しくぽかんとしている。さきに我にかえったのは私の方だった。

「物事には順序ってものがあるでしょう! いきなり最後までって言うのは恋愛ビギナーにはハードルが高すぎるっていうか、とにかく段階を踏んでいく必要があると思うの!」

 何を言ってるんだろう私は。自分でもよく分からないが、とにかく舌を回し続けた。そんな私を冷ややかに見下ろしたままイルミはつぶやいた。

「わかった」

 決死の説得が通じたのか、覆いかぶさっていた体をどけてくれた。と思いきや腕を掴まれ力任せに引き起こされた。

「じゃ、やってみてよ」
「へ?」
「姉さんの低いレベルに合わせてあげるからさ、試してみて」
「試すって……え、今?」
「そう、今。ほら早く」
「急にそんなこと言われても……」

 煮え切らない態度をとっていると盛大な舌打ちをお見舞いされた。さっさとやれ。やらないなら犯す。言外にそう詰められているのを感じて、嫌でも行動するしかなかった。

「じゃあ、失礼します……」

 イルミの大きな掌に、恐る恐る手を重ねる。途端に言いようのないむず痒さに襲われた。自分からイルミの手に触れるなんていつぶりだろう。かなり勇気を振り絞ったつもりだったが、イルミにとってはそうではなかったらしい。一笑に付されておわった。

「それだけ?」

 頬に熱が集まるのがわかる。くそ、バカにしやがって。イルミを見返してやりたい気持ちと、一体何をしているんだと冷静に引き止める自分がせめぎ合う。
 だが、ここまできたらもう引き下がれない。やるしかないんだ。

(こいつはミケだ。ミケだと思おう。ミケミケミケ……)

 心の中で唱えながらぎこちない動きで顔を近づけ、唇を重ねた。

「……っ」

 ほんの一瞬掠めただけなのに触れ合った部分からじわじわと熱が広がっていく。全身の細胞が活性化されるような奇妙な感覚。不思議と嫌悪感はなかった。

(いや、実の弟とキスしたのに嫌悪感ないっておかしくない?)

 口元に手をあて思考に耽る。その様子をどう解釈したのか、イルミは不穏な空気をただよわせ始めた。

「ほら、言った通りだろ? お前がオレを受け入れるわけがないんだよ」
「いや、そういうわけじゃ……」
「へぇ、そんな嘘ついてどういうつもり?」
「っだから!」

 こっちが考えてるって言うのに、どうしてそう答えを急かすんだ!

「嫌じゃなかったから私も驚いてんのよ!」

 苛立ちまぎれに声を荒げれば、ようやくイルミは黙った。おかしなことを口走った自覚はある。だが、気にしている場合じゃない。今はこの場を切り抜けることが最優先だ。

「とりあえず、今日はこのくらいで勘弁してくれない? 私のレベルに合わせてくれるんだよね?」
「……」
「え、無視?」

 額に手を当てうつむく姿はひどく疲れているように見える。疲れてるのは私の方だと文句を言いたくなるが、これ以上機嫌を損ねるのはよろしくないと判断してぐっと堪えた。イルミはこれ見よがしの溜め息を吐き出すと、ようやく口を開いた。

「こんなはずじゃなかったって、あとで泣いて後悔しても知らないから」

 舌打ちさえ聞こえてきそうな口調。でも、ほんの少しだけ泣きそうに聞こえるのはどうしてだろうか。思わずイルミの頭に手を伸ばす。が、到達する前にすごい勢いで手首を掴まれた。

「なにこの手。今さら姉ぶらないでくれる?」
「いだだだっ!」

 ギリギリと力を込められる。涙目で離してくれと訴えるが、鼻で笑われた。さっきのしおらしさはどこいったんだ!

「もう普通の姉と弟の関係に戻れるなんて思うな」
「元から普通じゃなくない……?」
「口が減らないよね姉さんは」
「いっだぁ! 折れる! 本気で折れるからっ!」

 掴まれた腕をさらに捻り上げられ、ミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。いよいよ危機を覚え焦りだしたところで、イルミが思わぬ行動にでた。

「っ! んん……んぁっ!」

 突然、唇に噛みつかれた。とっさに閉じた唇に指が差し込まれ、熱を帯びた舌が入り込んでくる。

「うぁっ、やっ……」
 
 喉奥に逃げようとした舌はすぐに絡め取られ、きつく吸われたかと思うとその先端を優しく噛まれた。まるでさっきのは子供だましだと言い聞かせるような容赦のないキス。ようやく離された頃には、息も絶え絶えだった。

「はっ、はぁ、な、何すっ……」
「キスまでならいいんだろ?」

 しれっと言い返されて閉口する。見慣れた無表情が心なしか楽しそうに見えるのはきっと気のせいじゃない。

「これからはもう手加減しないから。覚悟して、姉さん」

 イルミの宣言に、体の芯から震え上がる。ああ、あのとき軽率に聞いたりしなければ……後悔の念に襲われると同時に、心の奥に芽生えた形容し難い感情に気付いていた。いつか、私はこの感情を無視できなくなる。おそろしい予感にさいなまれ、今はただ打ちひしがれるしかなかった。


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