main | ナノ

箱庭虚妄


 イル兄は定期的に女を拾ってくるという悪癖があった。
 拾われた女は地下牢に閉じ込められイル兄から調教を受ける。はじめの数日は激しく抵抗する声が地下から響いてくるが、やがてその声も聞こえなくなるのが常だった。拷問に耐えきれず心を失ってしまうのだろう。それが入れ替えのタイミングだった。しばらくすると地下牢からふたたび女の叫び声が響くようになる。その活きの良い声を聞いて、イル兄が新しい女を調達してきたことを知った。これまで用済みになった女たちがどういう末路を辿ったのか知る由もないが複数の声が聞こえてくることはなかったから処分されているのは間違いないだろう。
 一度だけ、地下に幽閉された女が逃げ出したことがあった。もう何年も前の話だ。あろうことかそいつは俺の部屋に逃げ込んできたのだ。悲痛な声で助けを求める見知らぬ女。手首に残る拘束具の痕からすぐにイル兄が拾ってきた女だと分かった。

「助けるわけないだろ、馬鹿かお前」

 ゲームを中断させられ苛ついていたのもあって、強い口調で切り捨てた。女はその顔を分かりやすく絶望に染めて崩れ落ちる。それ以上構うのも面倒で舌打ちだけ浴びせてゲームを再開した。気づいた時には女はいなくなっていた。きっとイル兄に見つかって地下に連れ戻されたんだろう。あるいは殺されたか。
 イル兄が連れてくる女の顔をはっきり見たのはそれきりだった。たまに地下牢で目撃しても項垂れていることがほとんどだったし、俺もわざわざ顔を見たいと思わなかった。ただ、いつも同じような背格好の女を選んでいる事には気付いていた。実の兄の好みなど知りたくなかったからこの時ばかりは己の観察眼を恨んだ。

 ある日、俺はイル兄の部屋をおとずれた。依頼された仕事のことで聞きたいことがあったからだ。ノックして数秒後に開かれた扉から上半身裸のイル兄が顔を出して、俺は瞬時に後悔した。部屋の奥から感じる人の気配に後悔の念はさらに強くなる。まさか部屋に連れ込んでいたとは。クソッ、タイミングを間違えた。

「あー…ごめん、後にする」
「別にいいよ。どうした?」

 さらりと促され内心苦々しく思う。最中だったのか事後なのか知らないが実の兄のそんな場面に出くわした俺の気持ちになれよ。早く立ち去りたい一心で早口で用件を伝え、すぐに踵を返そうとしたが、視界の端で捉えたあるものによって俺の動きは止まった。
 ベッドの上で茫然と座る女。その顔には見覚えがあった。何年も前にとっくに処分されているはずの女がそこにはいた。

「イル兄、その女……」
「あー、うん。また壊れちゃったんだよね」

 何でもないことのようにイル兄が返す。続く言葉は衝撃的だった。

「またリセットすればいい話なんだけど、だんだん壊れるまでの間隔が短くなってきてるんだよね。針に改良が必要かな」

 一瞬その意味が呑み込めず、数秒かけて咀嚼して俺はようやく口を開いた。

「ずっと、同じやつだったのか…?」
「そうだよ。はは。もしかしてお前、毎回違う女だと思ってた?」

 オレって結構一途なんだよ。イル兄はそう付け加えて扉を閉めた。
 針を刺して記憶を消し、また一からやり直す。女が本当の意味で壊れるまでその狂った行為は繰り返されるのだろう。兄の異常な執着心にゾッと身を震わせる。しかしすぐさま頭の片隅に追いやった。あの女がどうなろうが俺には知ったことではない。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -