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真夜中のもっとくらいところ


 肌にふれる上質なシーツの感触で目が覚めた。頭の芯がぼうっとして、起きるのがとても億劫だった。身体がだるくてしょうがない。

(あれ、まだ夜……?)

 まぶたをゆっくり持ち上げるが、視界は暗闇に包まれていた。目を凝らして、なんの輪郭もつかめないことに不安を覚える。電気つけよう。そう思って体を起こそうとした途端、ぐいと身体をうしろから引っ張られて寝床に引き戻された。

「わ!?」

 寝起きで意識と肉体がうまく繋がってないから、思うように動かないのかと思った。しかし、そうではない事実にすぐ気がつく。

「なに、これ……」

 手首に、違和感があった。両手足を縛る紐のような何か。すこしだけ弛みをもたせてあるけど起き上がることはできない長さだ。次いで、目元にあてられた布の存在に気がついた。とっさに外そうと手をかけるが、接着剤でつけられたみたいに目元から少しもずらせない。まるで昆虫の標本のようにベッドに縫い止められているのだと理解して、靄がかかった意識が一気に覚醒した。

「ひっ……!」

 ざあ、と全身の血の気が引いていく。パニックに陥りかけたその時、聞き慣れた声が鼓膜を打った。

「おはよう」

 思いがけない近距離で聞こえて、身体がけいれんしたように大きくふるえる。

「い、イルミ?」
「なに?」

 声だけで認識できた恋人の存在にほんのすこし安堵する。しかし、そばにいるのがイルミだと分かっても、理解しがたい状況への恐怖は拭い去れなかった。

「これ、イルミが……?」
「そうだよ。オレ以外に誰がいるの?」

 うわずった声で問いかければ、当然だと言わんばかりに返されて困惑する。

「こんなことして何のつもり?」
「なんだと思う?」

 声色からイルミが楽しんでいることがわかる。視界を封じられているのに、獲物をもてあそぶ獣のような表情を見た気がした。
 私は必死に頭を絞って、こんな仕打ちを受ける要因を探った。しかし、いくら考えても思い当たる節はない。どうやら無意識のうちにイルミの地雷を踏んでしまったらしい。空恐ろしくなって身を縮こませる私に向かってイルミは言い放った。

「昨日、男と会ってたね」
「え……」

 一瞬、戸惑った。イルミの言う『男』が誰のことを指しているのか思い当たらなかったから。しかし、すぐに合点がいった。

「違うっ!」

 力任せに声をはりあげたせいで喉がかあっと熱くなる。それでも構わず言い募ろうとしたが、笑い声にさえぎられた。

「ははは、そんなに焦らなくても。分かってるよ、あいつとは何もないんだろ?」
「そう、だけど……」

 潔白を主張しようといきり立っていたのに、あっさりと弁解を受け入れられて気勢がそがれる。残ったのは、強い疑問だった。

「なら、どうしてこんなことするの」

 私は用心深く尋ねた。見えていないのに、イルミの視線を肌に痛いくらい感じて息苦しい。

「教育だよ」

 耳元で低く曜かれる。

「ナマエは自分の立場をわかってないみたいだから、これを機にちゃんと言っておこうと思ってね」

 イルミの口調はどこまでもあっさりしている。それが余計に恐怖をあおった。

「いいかい? 相手が誰であろうと、どんな理由であろうと関係ない。今後一切オレ以外の男と接触することは許さない」
「なっ……」

 告げられた言葉に、全身の血が冷え渡る。

「イルミ、何言ってるの?そんなことできるわけない」
「できるできないじゃなくてやるんだよ」
「私に一歩も外に出るなとでも言いたいの!?」
「うん、そう」

 あっさり肯定され、絶句する。

「私のこと、疑ってるの?」
「疑ってはいないよ。今はね。でも信じてるわけでもない」

 その言葉は、私の心を容赦なく傷つけた。イルミを裏切るような行為をしたことはない。なのに、どうして。身が切られるような思いに駆られながら、必死に声をしぼり出した。

「どうしたら、信じてくれるの……」
「うーん、そうだな。ナマエの頭に針を刺したら信じられるかな」

 冷徹な声が鼓膜を震わせ、言葉を失う。もういっそ耳を塞いでしまいたかった。イルミがもたらす全てが恐ろしくてたまらない。

「ははは、ウソだよナマエ。針を刺すなんてウソさ。ナマエがいい子にしてる限りはしないよ」

 手の甲にふれる冷たい感触。振り払おうとしたら、いっそう強い力を込めて握り込まれる。かと思えば、親指の先に沁みるような痛みが走った。

「こんなものに意味があるとは思えないけど、ナマエにとっては大切なんだろ?」

 ぐいと引っぱられた親指が何かに押し付けられる。薄紙の感触にたまらなく嫌な予感がしたけど、抵抗する気力はもう残っていなかった。

「あ、そうだ。忘れるところだった」

 手首を掴まれ、左手が持ち上げられる。固い金属の輪が薬指をくぐる感触。

「大事にするよ、ナマエ」

 きっとその言葉に嘘はない。イルミは私をとびきり大事にしてくれる。外の世界には決して出さず、身も心も支配して。悲しさに潰れた胸でそんなことを思考する。

 涙が溢れ、目隠しを濡らした。でも、そんなものまるで見えていないとばかりにイルミは唇を重ねた。


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