01


 ――クロロ=ルシルフル
 伝票に書かれた、やたらとラ行が多いヘンテコな名前を見て、自然と顔が引き攣った。

「またですか……」
「本当にすみません!」

 勢い良く頭を下げる配達員のお兄さんの足元には、重そうなダンボール箱が三つ。

「また、出ないんですか」
「はい……」
「それで今回もまた、うちで……?」
「っ、申し訳ありません!」

 絶望に天を仰ぐと、土下座しそうな勢いで謝られた。
 いや、あなたが悪いわけじゃないんです。でも、そう声をかけてあげられる余裕はなかった。

 クロロ=ルシルフルは、三ヶ月ほど前に引っ越してきた隣人の名だ。
 話したことはおろか、顔を見たことすらない。そんな希薄な関係の隣人の元には、この三ヶ月で大量の荷物が送られてきている。その荷物の全てを、彼は受け取っていなかった。配達員が何度訪問しても出ず、不在票を置いても一切連絡が来ないらしい。
 まあここまではよくある迷惑行為だけど、問題は、届けられる荷物の希少性の高さにあった。荷物の中身はすべて、本。
 どうやら絶版になったプレミア本がゴロゴロ入ってるらしい。
 そんな希少本たちは、町の小さな配達所ではほとほと扱いに困るものだったらしい。原則、不在の荷物は一ヶ月で破棄される決まりになっているけれど、勝手に処分していいのか判断がつかず。されど保管期限を過ぎた荷物をいつまでも置いておく訳にはいかず……。

 そんな折に、この街の図書館司書である私が不在野郎の隣に住んでいたのだ。
 配達員のお兄さんはここぞとばかりに本を預かってもらえないかお願いしてきた。あなたなら希少本の扱いは慣れてるだろうと。ついでに、帰ってきた気配があれば渡して欲しいと。無理なお願いをしているのは分かっているけど、本当に困っているから協力して欲しいと……。
 その必死な懇願っぷりに圧され済し崩しに了承してしまったけど、すぐに後悔することになった。

 ――出ないのだ。いくらインターホンを押しても。
 あまりにも出ないもんだから昼夜構わずインターホンを押しまくった。それでも出ない。
 空き家なのかと疑った時もあったけど、ちょくちょく壁越しに生活音が聞こえてくるから人がいるのは間違いない。それなら気配がする時に訪ねようと、物音がしたらすかさずインターホンを押すようにしたけど、何度やっても無反応だった。
 一向に渡せないまま頭を抱える日々を過ごして三ヶ月。その間も止めどなく届けられる荷物によって、私のワンルームの城はどんどん占拠されていった。
 配達員のお兄さんも、私の背後で日に日に積み上げられていくダンボールの山が視界に入るのだろう。申し訳なさそうに頭を下げられるのも何度目になるか。

「ちなみに、この先また荷物が届けられる予定ありますか」

 恐る恐る聞いてみると、お兄さんは消え入りそうな声で「一週間後に、十箱ほど……」と衝撃的なレスポンスをくれた。

 絶句。からの、頭の中で何かが切れるような音が聞こえた気がした。

 もういっか。頑張ったよね私。もう何度、大量の本に埋もれる夢を見た事か。これ以上ダンボールの山が増えたら、夢が現実になるのも時間の問題だろう。
 見ず知らずの人間の為に本の下敷きになる趣味は私には無い。もう、我慢するのはやめた。

「分かりました。あとは私がやっておくんで仕事に戻ってください」
「い、いやでもせめてお部屋に運ばせて頂きます!」
「大丈夫ですよ」

 ニッコリ笑うと、なぜかお兄さんの顔が引きつった。失礼な。

「こちらでなんとかしますんで、お帰り頂いて結構です」
「……わ、わかりました……失礼しまーす……」

 まるで猛獣の横を通り過ぎるかのような足取りで立ち去るお兄さんを見送って、私はひとつため息をついた。
 もしかしたら不在野郎にものっぴきならない事情があるのかもしれない。それでも、三ヶ月間全く反応できないなんてことはあり得ないでしょう。受け取ってないくせに新たに本を注文する余裕はあるんだから。

「待ってろ、クロロ=ルシルフル……」

 足元にあったダンボールをひとつ抱えて、部屋を出る。数歩歩いた先にあるうちと同じ鉄製の扉を思い切り叩いた。

「ルシルフルさーん! いらっしゃいますかー! クロロ=ルシルフルさーん!!!」

 はい、無反応。分かってました。いくら呼びかけても出ないってことは、この三ヶ月で痛いほどに。
 持っていたダンボールを地面に置いて、深呼吸をひとつ。
 もう構うもんか。私は、快適なワンルーム生活を取り戻す!

 オーラを集中させた右手を扉に添える。久しぶりだったけど問題なく念が使えることに安堵しつつ、力を込める。
 すると、バキバキと金具が外れて、鉄製の扉が盛大な音を立てて倒れた。壊れたドアを踏みつけ、居留守野郎の部屋に押し入った。


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