全部知っていたよ


 久しぶりに会った蔵馬を見て思わず「よっ色男!」と口からこぼれ出た。「第一声がそれですか」と呆れた眼差しをよこされる。それでも口元にやんわり浮かぶ笑みから再会を喜ぶ気配が感じられて、胸のあたりがくすぐったくなった。

「久しぶり。元気だった?」
「ええ」

 コートを脱いで向かいの席に座る。さびれた喫茶店の中だと蔵馬が余計に洗練されて見えてしまう。白のニット姿が眩しいったらありゃしない。

「何飲みます?」
「んー、じゃあホットコーヒーで」

 差し出されたメニューを開くことなく注文を済ませると、蔵馬は意外そうに目を見張った。

「苦手だって言ってませんでしたっけ」
「最近飲めるようになったの」
「へぇ、あの名前が!」
「そんな驚くことでもないでしょ」

 おおげさに反応する蔵馬を軽く睨みつける。本当はまだ砂糖とミルクを入れないと飲めないけど、からかわれるのが目に見えるから絶対に言わない。

「どうですか。大学生活は」
「んーまあぼちぼちかな」

 運ばれたホットコーヒーに口をつけ、舌の上に広がる苦味に耐えながら答える。なんだか面白がるような笑みを向けられてる気がするが無視だ、無視。

「友達はできました?」
「なにそれ。あんたは私の親か」
「名前は人見知りだから打ち解けられるか心配で」
「お生憎さま! それなりに上手くやってるわよ」
「それなら良かった」
「そっちはどーなの。仕事は忙しい?」
「ええ、月並みには。でも何も問題ありませんよ」
「なんだ可愛げのないやつだなー」

 そっけない口調で請け合いながら目が合えば笑いあう。高校時代と変わらない軽口の応酬に嬉しくなった。同時に、もう戻らない日々の懐かしさに心寂しさをおぼえてしまう。
 ふいに、耳慣れた電子音が響いた。とっさにテーブルの上に置いていた音の発信源を掴む。

「げ」

 手に持ったポケベルの数字をみて思わず声がでた。

「どうしました?」
「あー……ちょっとめんどくさいこと頼まれててさ。ま、大したことじゃないよ」

 ポケベルを鞄にしまって蔵馬に向き直る。私としてはそこで話を終わらせたかったけど、思いがけず蔵馬が真剣な顔してくるもんだから白状せざるを得なかった。

「大学の友達からコンパに誘われて行くことになっちゃって」

 妙に気恥ずかしくなって俯向く。私がコンパなんて絶対また揶揄われる。くそ、やっぱり言うんじゃなかった!
 しかし、蔵馬からの反応は意外なものだった。

「なんですかそれ」

 びっくりして顔を上げると、キョトンとした蔵馬と目があった。

「えっ、知らないの? ほら、あれだよ。山手線ゲームとか王様ゲームとかするやつ」
「知ってますよ。そうじゃなくて、どうして名前が行くんですか。オレのことが好きなのに」
「は?」

 何を言われたか瞬時に理解できなくて、バカみたいに口をあんぐりと開いてしまう。しかし、蔵馬は容赦なく畳みかけた。

「名前はオレのことが好きでしょう?」

 真顔でそう言われて、とんでもない速さで動揺が身体中を駆け巡った。

「な、なななに言っ……!」
「もしかして自覚してなかったんですか?」
「しっ、してない! ていうか好きじゃない!」
「ふぅん?」

 蔵馬はふっと笑うと、手を伸ばして私の頬にふれた。親指が優しい動きで頬を撫でる。その、不意にもたらされた接触に驚いて無意識に顎を引いてしまった。蔵馬は気分を害した様子もなく手を引っ込め、余裕の笑みを浮かべている。なんだ、なんなんだこの男は!

「そんなに顔を赤くして?」

 とっさに己の頬を手でおさえる。そこは尋常じゃないくらい熱を持っていて、さらに熱が上ってくるのがわかった。もう限界だった。このままだと私は死ぬ。
 恥ずかしさの限界に達した私は、その場に蔵馬を置き去りにして脱兎のごとく逃げ出した。


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