たった四文字の関係
ひと目見たときから惹かれていた。だけど同時に、ハマったらやばい相手だってことも薄々感じていた。
それは明らかに見た目がやばいとか、言動がイカれてるとかそういう分かりやすいものじゃなくて、醸し出す雰囲気からそれとなく感じられるものだった。見ているだけでザワザワと胸が騒ぐような、不穏な空気感。どこか得体が知れない。だから、視線が離れない。吉田ヒロフミという男にはそういった類の魅力があった。
彼は私の手に負えるような男じゃない。それが分かっていたから、必死に気持ちを押し殺そうとした。わざわざ苦労すると分かっている相手を好きになって、せっかくの高校生活を台無しにしたくなかった。
だけど、恋というものはそんな私の思惑や意志をいとも簡単に奪い去ってしまった。彼を目で追い、彼の声に耳をそばだてて、そうして気付けば後戻りできなくなっていた。
彼が私のことを何とも思っていないことは分かっていた。分かっていても、なんでもないことに特別な意味を見出して、もしかしたら、と期待してしまう。淡い期待が打ち砕かれるたびに虚しくなって、それでも諦めきれない自分にうんざりして、不毛な一人相撲はじわじわと私を追い詰めていった。
こんな思いをずっとするくらいなら、いっそのことはっきりとした形で拒否されたい。片想いを終わらせて、次に進みたい。そんな境地にまで追いやられた私は、玉砕覚悟で彼に気持ちを伝えることにした。相手にとったら迷惑な話だろう。だから、もし呼び出した時点で少しでも難色を示されるようなら告白はやめて引き下がろうと思っていた。だけど彼はあっさり了承してくれた。そこまで親しいわけじゃない私のために時間を割いてくれた。そんなことにまた愚かな期待を抱きそうになる自分の目を覚まさせるため、積もりに積もった思いをぶちまけた。
「あー、俺付き合ってるやついるんだよね」
さらっと返された言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
いや、その答えを予想していなかったわけじゃない。むしろ彼女の一人や二人くらいいて当然だろうと思っていた。でも、実際に本人の口から聞かされるとやっぱりショックだった。
その一方で「あぁ、これでやっと諦めがつく」と、どこか安堵する気持ちもあった。もちろんショックの方が大きいけれど、今は自分の感情を優先させるのではなく、はっきり返事をもらえたことに感謝するべきだろう。涙ぐみそうになるのをグッと堪え、出来るだけ明るく告白の返事を受け止めようとしたときだった。
彼はポケットからスマホを取り出していじり始めた。
(え、このタイミングで?)
スマホをいじり続ける彼の姿を、呆然と眺める。
もしかして話は済んだならもう消えろという意味だろうか。だとしたらあんまりな態度だ。別の意味でショックを受けていると、彼がスマホを見ながら何やらぶつぶつ言ってることに気がついた。よくよく聞くと、何かを数えているようだった。正直、なんだコイツって思った。
あっけにとられていると、ふいに彼がスマホから顔を上げた。そして、平然とした顔でとんでもないことを言い放った。
「いま五人いるんだけど、六人目でよかったら」
その言葉を理解するまでに数秒かかってしまった。いや、理解してもまだ信じられなかった。
たしかに彼女の一人や二人いてもおかしくないとは思っていたけど、まさかの五人。そしてあろうことか六人目はどうかと言われている。
(もしかしてさっきスマホで数えてたのは彼女の数? 把握してないってこと? 最低だコイツ……)
一瞬のうちにいろんな考えがよぎる。正直なところドン引きだった。吉田ヒロフミという男は私が想像していた以上にやばい奴かもしれない。
「どうする?」
首を傾げ、薄笑いを浮かべながら問いかけられる。その澱んだ眼差しは愉しんでいるようにも、見下しているようにも見える。捉え方次第でどのようにでも解釈できる視線だと思った。
今までこうやって相手に判断を委ねてきたに違いない。そしておそらく私は侮られている。わざわざ道を外すような真似はしないだろうと踏んだ上で、こんな提案をされているのだろう。ずるい男だ。舐められたくない。反射的にそう思った。
「なります。六人目に」
思わず口を衝いて出た言葉に自分で驚いた。何を口走ってるんだ私は。不毛な恋を終わらせるために告白したのにこれじゃ本末転倒だ。
今すぐ撤回したかったけど、強気な返事をしてしまった手前「やっぱりナシで!」なんて言えない。完全に引っ込みがつかなくなってしまった。
吉田ヒロフミは、私の答えに少しだけ目を丸くさせた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに微笑に切り替えて、手を差し出してきた。
「じゃあよろしく」
「よろしくお願いします……」
私は恐る恐るその手を握り返した。
選択を誤った自覚はある。胸を占める感情は後悔ばかりだ。それでも心のどこかで、曲がりなりにも彼の彼女になれたことに浮かれている自分がいた。
だけど次の瞬間「で、キミ名前なんだっけ」と聞かれて、胸の内は後悔一色になった。