夢を――――見ていた。


「ねぇ、お兄さん 私のこと、買わない?」


雪がチラつく寒い夜だった。
制服姿でコートもマフラーも、手袋さえせずに駅前に佇んでいた少女は俺に向かってそう声をかけた。
顔はそこそこ美人だし、スタイルだって悪くはない、ただ一つ気になったのが目は虚ろで、まるで何も考えていないようだったという事。
そして、その時の俺はきっと頭がどうかしてたんだろうと思う。
どうしょうかと考える前にはもう少女に向かって、手を差し出していた。


「何だよ、ソイツ」


連れて帰って数日は、時任はやはりというか当然の如く嫌そうな顔をしていた
でもそれは一週間、一カ月と日を追う毎に薄れて行き、遂に少女は俺達の生活の中に溶け込んでしまっていた。


「久保田さん」


控え目に話す言葉に何度も意志を動かされた。
彼女の頼みなら、多少の無茶でも聞いてあげたいとさえ思っていた…それなのに。


「……ごめんなさい」


鋭い刃が腹部にめり込む
後から追ってくる痛みに小さく呻けば、震える手の感触が伝わって来た
血はポタポタとフローリングの床を汚して、歪な模様を描く。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


思えばそうだ、彼女は何時だって何処か影があった。
幾ら笑ってもそれは本心からの笑顔じゃない。
幾ら泣いても涙の本当の理由は絶対に口にはしなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


グッと、さらに刃が腹部に深く刺さった。
窓の外には、彼女と出会った時の様にチラつく雪
それなのに、目の前の彼女は幾ら手を差し伸べても手を握ろうとはしない。
ただ、ボロボロと目から涙を流しながら、壊れたテープみたいにごめんなさいと呟くだけ。
だから、自分はそっと目を瞑ったのだ
思い出を呼び起こす為に―――

夢を、見ていた。
掛け替えのない、永遠にも等しい日々
泣いたり笑ったり怒ったり、そんな毎日を繰り返しながら過ごして来た…思い出。


「―――ごめんな、さい」


最後に見たのは君の笑顔で、
それなのに最後に聞こえた声は、とても辛そうに震えていた…





(君の声が、笑った顔が、優しい掌が、本当は何より愛おしかったんだ)



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