ねぇアナタ覚えていますか?

あの夜闇の晩を


ねぇアナタ


アナタはあの日 どうして私を助けてくれたの?




「おい 何をやっている」




聞こえたのは力強い声。
聞いた事のあるその声に翠花はフッと視線を上げる。
翠花の前に覆い被さる様に翠花の腕を掴んでいた男も『ああ?』と不機嫌そうに振り返った。


深紅の髪と瞳。
闇夜なのに何故かハッキリとそれは見えて……




「何をやっている と聞いている」
「…なんだァ?お前」
「………あ」




しばらく思案してフッと思い出した。
この人……自分のいる劇団の…




「俺はその女の知人だ」
「へー… 嘘ならもっと上手く吐くんだな……ッ!?」




翠花の腕を掴んでいた男が彼に向かって殴り掛かる。
けれど、彼はあっさりとその腕を躱すと空振った腕を捻りあげ………




「ッ……はなせッ」
「もうしないと誓うか?」
「しねぇ…よッ!!」
「ならさっさと消えろ」




呟いてパッと手を放す。
男は受け身も取れずにその場に倒れ、彼を一瞬ギロリと睨むと走って逃げて行った。




「あの……ありがとうございました…」
「たいした事はない それよりもケガは」
「いえ…大丈夫…です」




今まで近付いた事は元より、話した事もなかった相手に翠花が少しどぎまぎしていると




「たしか 同じ劇団だったな」
「あ…はい」
「名前は?」
「翠花…白青院 翠花です」
「俺は紅孩児と言う」




彼は言って『遅いから駅まで送ろう』と、翠花を促して歩き出した。


……それが、私達の始まり。






それから、練習で夜遅くになる度に彼……紅孩児さんは私を駅まで送ってくれた。
その間、ポツリポツリとだけれど、彼は自分の話もしてくれた
故郷に身体の悪い母がいる事とか、血は違うがまだ小さな妹がいる事とか……

ゆっくりゆっくり育って行く感情は止められなくて、けれど




「え……?」
「だから翠花を映画の主役にって言って来てるの!」




運命とは無情だった。
彼に惹かれて行く、そんな矢先に見えた『夢』の入口。



私は……




「……考えさせて下さい」
「え?翠花…?」
「すみません…」




どうしたらいいの?





「どうしたら…いいんでしょうか」
「……翠花」




練習が終わって、翠花は誰も居なくなった部屋に紅孩児を引き止めた。
欲しい言葉は一つな筈なのに、揺れている。
そんな翠花に紅孩児は、一つ溜め息を吐くと




「やってみたらいいと思う」
「でも…そうしたらッ」




そう言った。
予想していた言葉に、翠花は思わず耳を塞ぎそうになりながら、慌ててそう言って




「…そうしたらもう……此処にはいられないって…言われ……」




紅孩児が立ち上がった。
翠花の言葉は尻切れになって、不意の事に彼を見上げる。
彼はそんな翠花を無視して扉まで行くと、ゆっくりと押し開く。
呆然としていた翠花に彼は『自分がしたいようにすればいい』と呟いて…




「けれど お前が甘えだけで此処に残る事を選ぶなら 俺はお前に幻滅する」



バタンと閉まった扉。
たったそれだけの言葉が私の胸をついて……翠花は一人静かに泣いた。




あれからもう三年になる。
三年……口で言うのは早いが、実際は長い三年だった。
今、翠花はドラマや映画にと結構忙しい日々を過ごしている。




「ねぇ翠花」
「はい?」
「今日の主役の新人の子 男前らしいよ?」
「へぇ」
「『へぇ』って」




でも、いくら忙しくても彼の事は忘れられない。
多分……私はもう二度と恋なんて……―――



コンコン




「あ…ごめん 翠花出てくれる?」
「はーい 誰で…」




二度としないと 思っていたんだ





「紅孩児です 今日は宜しくお願いします」
「……ッ」
「…久しぶり」
「…紅…孩児さん?本当に……?」




目の前に現れたアナタは三年前とあまり変わっていなくて……
嬉しいけれど、現実だろうかと不安になる。
そんな翠花に彼はニコリと笑って




「ああ」




頷いた。
その顔がずっと見たかったのに、溢れた涙で前がぼやける。
嬉しくて嬉しくて……



それから、私達の共演した映画が見事ヒットして私達は一緒に仕事をする事が増えた。


ねぇアナタ覚えていますか?

あの夜闇の晩を


アナタはあの日 何を思って私を助けてくれたの?


本心なんて判らないけれど


不器用なアナタの事だから ゆっくりゆっくり理解していくわ


だから これからはずっと一緒に。




『アナタへ・終』

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