目が覚めると珍しく同室の筈の悟空が居なかった。
不思議に思いながらも身支度をするために部屋を出れば、廊下で顔を真っ赤にした悟空と翠花が何やら話していた。
邪魔をするつもりはなかったのだが、声をかけなければトイレにすら行けなかったので声をかけた。
すると悟空はまるで慌てたみたいに翠花を残してトイレへと走って行った。
それが今朝の話。


「それで、何があった」
「え?」


天候、快晴。
日差しも柔らかく心地いい午後。
永らく野宿ばかりだったので今日丸一日は休息をしようということになった。
そうなれば必ず買い出しをする八戒に付いていく筈の翠花が今日に限って俺と留守番をすると言い出した。
朝の一件で既に引っ掛かりのある俺には何があったのは明白で、惚けたように首を傾げたバカ娘に、バレてないと思ってんのかと鋭く突っ込んだ。


「ーーーですよねぇ」
「またあのバカと何をやらかしたか知らんが、喧嘩ならさっさと仲直りしろよ」
「………」
「何だ」
「え、いや、何か意外…三蔵が人の世話焼くなんて……」
「殺されたいのか」


人がせっかく気を回してやっているのに、その発言は失礼じゃないのか。
苛立ちから睨んだ俺に翠花は、ごめんごめんと笑って謝ると、手にしていた急須から湯飲みに茶を注いで俺の前に置いた。


「でも心配はいらないよ、喧嘩したわけじゃないし…っていうか悟空とは喧嘩したことないし」
「そうなのか?」
「うん、ないよ だって喧嘩になりそうになると悟空が引くっていうか…たぶん、気を遣ってくれてるみたい」
「あの猿がか?」


いつもワンパターンの喧嘩を悟浄と繰り広げる様を思うにそんな風には微塵も見えないのだが、翠花は確かに悟浄との喧嘩は毎度毎度パターンだけどねと笑って、でもそれだけじゃ無いんじゃないかなと呟いた。
翠花がベッドへ腰をかけて、ギシリとスプリングが軋む音がした。


「例えばさ、自分の居場所っていうか…居てもいい場所だって確認する為にしてる場合もあるじゃない?」
「………」
「ワンパターンでもさ、きっと安心するんだよ悟空には、それがさ」
「そんなもんか」
「そんなもんじゃない?」
「……それで?」
「え?」
「え?じゃねぇよ、猿と喧嘩したんじゃねぇなら何かあったんだろ」
「え、あー…えぇっと…」


このバカ娘はこの期に及んでまだ誤魔化せると思っているらしい。
赤い顔をして立ち尽していた癖に、何もなかった訳はないだろう。
困った顔で言い淀む翠花に無言で圧力をかけてやる。
するとどうだろう、翠花は少し押し黙ってから深い溜め息を吐くと漸く口を開いた。


「八戒に言わないって約束してくれる?」
「バレたらヤバいのか?」
「ヤバくはない…けど……ややこしくはある」
「何しやがった、あのバカ猿」
「キス、」
「……は?」
「だ、だから、キス…されたの……頬に、だけど」
「………」


一瞬耳を疑った。
何せあの悟空だ。
食い気と戦闘意外は特に興味を示さない猿が…?
確かに翠花が好きだとは言っていたが、それさえ本気か正直疑っていたというのに。
驚いたのが伝わったらしい翠花は少しばかり眉を寄せてから、
小さく溜め息をついた。


「あのね三蔵、いくら悟空の保護者でもそこまで驚く事はないと思うわよ」
「顔真っ赤にしてたヤツがよく言うな」
「びっくりしたんだから仕方ないでしょっ!」
「ということは、お前だって予想外だったんだろう 人の事言えねぇじゃねぇか」
「そりゃ…まさかそうなるとは思ってなかったから……八戒じゃあるまいし」


ピクリと最後に翠花が呟いた名前に自分の耳が反応するのがわかった。
そして、その言葉の意味も。
理解してしまうと何故か胸の奥がザラリとざらつく。
俺は静かに椅子から立ち上がると、ベッドに腰かけた翠花の前に立つ。
すると翠花は俺を見上げて不思議そうに、三蔵と名前を呼ぶ。
それがいつもと違って甘く聞こえて、身体を近づけるとベッドへ片膝をついた。
ギシリとスプリングが音を立てる。
翠花が驚いた様に身体を引いた。


「え、あの…三蔵?」
「八戒とはしてるのか」
「え?」
「今言っただろう“八戒じゃあるまいし”と なら八戒とはしてるって事だろ」
「っ…し、してない!!」
「………“何を”だ?」
「っ!」


深読みしすぎなのはわかっているが、これだけの事でも流されるのだから、言われても仕方ないだろう。
言葉を失った翠花の肩をベッドへ押せば、思いの外あっさりとシーツへ沈んで、その隣に手を突くと朱色の瞳を覗き込むように見つめる。
罰が悪そうに逸らされた目に笑みが漏れて、俺はそっと強ばった翠花の額に軽くキスをすると額を合わせるように頭を引き寄せた。


「な、」
「無防備すぎるンだよ、バカ娘」
「っ、」


どうしても笑みが押さえられなくて、そんな自分に呆れながらもそう言えば、まるで花が色付くみたいに翠花の頬が赤く染まって、朱色が驚いた様に見開かれた。
そんな翠花の表情を近くでもっと見ていたい気がするが、段々と近づいて来る足音に頭を引き寄せた手を離して身体を起こす。
とたんに、入り口の扉が開いて賑やかな声が静寂を破った。


「たっだいまー!」
「つっかれたぜー…ん?翠花チャン寝てンの?」
「え…いや、寝てはない…よ?」


あははと明らかに不自然な笑いを漏らす声を背に、俺は再び椅子に座り直すと、読みかけの新聞を開いたのだった。





(おもしれぇじゃねぇか)



お題:レイラの初恋

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