世界が一瞬、変わってしまった様に思えた。



くらりと目眩の様な感覚に頭を振って目を開いてみれば、視界は先程と寸分違わぬ光景で。
私はフラリフラリと覚束ない足取りでリノリウムの冷たい床を歩き続ける
ニイジェンイーによってこの良く分からない研究室紛いの所に連れて来られ、よく分からない薬を投与され機械に繋がれていたのだが、スキを突いてやっと逃げ出す事が出来た。
とはいえ、私には此処が何処で出口が何処にあるかなんて全く分からないのだけれど…
ペタペタと裸足のまま歩いて行くと、途中に案内図が貼り付けられてあった。
それによると、この下に出口があるらしい。
とりあえず誰にも気づかれない様にと気をつけながら階段まで近づく
さっきから嫌に身体がだるくて仕方がない…これも投与された、あの得体の知れない薬のせいなのかもしれない。
足を踏み外さないよう慎重に階段を下りる。
裸足の足と階段を見つめていたら、足の爪が伸びてしまっているのが目についた。
そういえば此処最近、爪なんか切ってないなと場違いにもそんな事を思って、ちゃんと帰れたら爪切らなきゃなぁ…なんて思った。
階下に付くと、そっと辺りの様子を伺う。
でも、どうやら人の気配はなく、誰も居ない様だった




「…おかしい」




普段ならば運がいいと思えるのだろうけれど、この時は何故かとても嫌な予感がした。
だってあの男の事だ、私が逃げ出した事に気づいてない訳がない。
そして此処までの執着を見せるのに追っ手を一人も寄越さないなんて、やっぱり何か変だ。
でも今更あの部屋に戻る気にはなれなくて、私は出口の方へと足を踏み出す。
真っ白い長い廊下をペタペタ歩くと、遠くに一つ扉が見えた。
多分、あれが出口なのだろう…つい早足になりながら近づく私の耳にふと、聞き慣れた声が聞こえて来た。
それは何かを叫ぶ悟空の声、そして冷静と言うよりは人を小馬鹿にした様なニイジェンイーの声。
それを聞いた途端、私の身体は扉の前でピクリと止まってしまった。
此処から逃げたい、でも何故だろう…この扉を開ければ悪夢が待っている様な気がして…
私はそんなマイナスな思考をどうにか頭を振って消し去ると、目の前にあるドアノブに手をかけた。




「――――ッ」




扉を押し開けると、向こう側は強い光が放たれていて、思わず反射的に目を瞑った。
しかしその一瞬、目の前にあったらしい大鏡に写った自分の姿が少しおかしかった気がして、そろそろと目を開いた。
私がいるのは何やら教会の様な大きなホールの中二階で、私と向かい合う大鏡の前にはニイジェンイー、向かい側に四人が立っていた。
そこまで目にして、恐る恐る鏡を見つめる。
そこには、白いワンピースにホワイトブルーの髪を持ち、胸辺りに四つ葉の紋様を持った…私によく似た、妖怪の少女が立っていた。




「うそ、でしょ?」




何か悪い冗談だと思った。
でも、視界に入った広げた両手には長く鋭い爪
少しずらして見た胸元には四つ葉の紋様
耳も尖っている
そんな現実に打ちのめされて呆然とする私をニイジェンイーは四人に紹介する様に此方を指差した。
悟空が翠花、と私を呼びかけて言葉を止める
三蔵が驚いた様に目を見開いて
悟浄が嘘だろ、と呟く
八戒が…
八戒は、彼は私に目を止めると、複雑な表情のまま俯く。
四人が私を見て言葉を失った瞬間、私の中の何かがガラガラと音を立てて崩れ去った。
そんな目で私を見ないで
そんな顔をしないで
私は可哀想じゃない
私は…




「翠花…」




誰が私の名前を呼んだのか、もうわからなかった。
ただプツンと意識というか理性が途切れる瞬間…八戒の悲しそうな顔が見えて
悟空に三蔵に悟浄に八戒に、彼らに襲いかかりながら、心の何処かで私はただただ涙を流し続けていたのだった。





(これさえも一つのシナリオならば)





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