私には、両親の記憶がない。
否、ないというよりは、あるのだけれど顔がどれも不鮮明で記憶と呼ぶには頼りない物ばかりだから“ない”と感じるのかもしれないが、とにかく父親のぬくもりを覚えていない私にとって、義兄に出会うまでは異性とはとても不思議で嫌な存在だった
義兄と恋に落ちたおかげか、今はそれほど男性にも嫌悪感や苦手意識を持たず接せられるが、そんな私でもまだ良く知らない男性と一晩同じ部屋で寝るという事に慣れるには大分時間がかかった。
そんな私に今、大変な事態が正に起きていた。
それというのも、一時間ほど前…




「申し訳ございません、生憎ただいま個室で四部屋しか空きが無いのですが…」
「え、マジで?」
「此処が最後の宿屋ですしね…どうします?三蔵」
「悟浄辺りが布団を借りて床で寝りゃ丸く収まる話だろう 構わん」
「何で俺だよ、っつーか収まるか クソ坊主」
「まーまー、何時もの事でしょ。カードが嫌ならジャンケンででも決めたら良いじゃない」




比較的日数を置かずに到着した街で、これより先に街は無く、次の街までは一週間近く走らないとならないと地図を買ったオジサンに言われた私達はそれならと急遽一泊だけする事にした
しかし、十件ほどある宿屋全てを回ってみても生憎空きはなく、漸く見つかった宿屋も一人部屋が四つでは誰かが床で眠る事になってしまう。
因みにこういう時は大抵悟浄が負けるから、あまりそういう心配はしていないんだけれど、この日はどうやら更に運が悪かったらしく、宿屋のお姉さんはすまなさそうに『あのー』と私達に声をかけると控えめにこう言った




「すみませんお客様…お布団をお貸ししたいのは山々なんですが、その…お貸しするお布団も実は無いんです」
「「「「「…マジで」」」」」
「はい。」
「じ、じゃあ…一人だけ野宿?」
「悟浄で決定だな 貴様なら風邪も引かんだろう」
「ざけんなよ、クソ坊主!風邪引かねーのが選考基準ならこの猿でもいーだろーが!!」
「猿言うな、エロ河童ッ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて…こんなところで喧嘩なんかしちゃ迷惑だよ」




せっかく空きを見つけた宿屋だ…
例え部屋が一つたりなくたって、布団が貸してもらえなくたって、この中の四人は必ず布団の中で眠る事ができるのだ。
それなのにこんな所でぎゃいぎゃい騒いでいたら、何時かお姉さんに皆さん纏めてお引き取り下さいと言われるに決まってる。
それにきっと悟浄なら、誰か綺麗なお姉さんを丸め込んで一泊くらいさせて貰えそうだし…

そんな事を私が考えていると、不意にそれまで何事か考えていた八戒が静かに『わかりました』と呟いた




「それでは、その四部屋をお願いします」
「えっと…よ、宜しいんですか?」
「ええ」
「八戒ッ」
「大丈夫ですよ、悟浄 アナタの部屋もちゃんとありますから」




何か名案でも浮かんだのか、嬉々としてそう言った八戒にお姉さんが宿帳を渡すと、もう慣れてしまった名前を書いて私達を振り返った
しかしながら、彼のその名案が全く分からない私達は期待半分、嫌な予感半分で彼の次の言葉を待った
八戒は何時もみたいににっこりと笑みを浮かべると、鍵を持って来てくれたお姉さんにお礼を述べてから、こう言ったのだ




「何も一人部屋でベッドが一つだから一人専用、というわけでもないでしょう?」
「まぁ、言われてみりゃそーだけどよ…」
「男同士なんざ願い下げだ」
「お、俺だってヤだよ!」
「ええ、分かってますよ だからこの中の誰かが翠花と相部屋になれば良いんですよ」
「………」
「あ、そっか」
「ソレ名案だわ」
「その手があったか」




いやいやいや、おかしい!
話の方向性がおかしい。
何で私が誰かと相部屋になることが決まってるの?
っていうか、私の意見は無視ですか。
何か嫌な予感はしてたけど、これだったのか…何だか憂鬱になる心を奮い立たせて反論を試みようとも思ったのだけれども、流石に此処は宿屋の入り口だし、宿屋中の人に変な勘違いをされるのも嫌なので、私は引きつる顔をどうにか笑顔に代えて、部屋の鍵を掴むと何やら牽制しあう四人を引き連れて部屋の一室へと向かったのだった。





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