深夜のコンビニバイトって暇じゃないのとたまに聞かれたりする。
確かに日によっては眠気を覚えるくらい暇な時もない事もないけれど、大抵は色々な雑用があったりで結構忙しい。

僕が最初にその人を見たのは、そんな深夜バイトに入って一週間くらい経った頃。
日付が変わろうかという時間に一人、女性のお客さんが入って来た。
少し目立つホワイトブルーの髪を上の半分だけを結って、背のスラリと高い色の白い女性だった。
その人はカップラーメン二つにおにぎり二つ、そしてキャメルの煙草一つを買うと、ありがとうと笑って店を出て行った
それから、彼女は殆ど毎日同じ時間にコンビニへ現る様になった。
カップラーメンとおにぎりとキャメルの煙草…そんな買い物に初めのうちは特に気にしていなかったのだけれど、少しだけ煙草なんて彼女には似合わないなと思った。
そんな日々が続いて漸く暑かった夏も終わろうか、という頃のこと。
何時もより遅い時間に彼女はコンビニに来た。
一瞬あれっと思ったのは、普段はしていないサングラスをかけていたからもあるだろう…だけれど、まだ秋と言っても蒸し暑い。
それなのに何時もと違い長袖の上着を羽織った普段着だったから。
それでも彼女はカップラーメンとおにぎりを二つ手に取ってカウンターへ来ると、お願いしますと言った。
なんとなく、その声が震えて掠れている気がした。




「それから…」
「キャメルの煙草、ですよね?」
「え…」
「何時も来て下さってますから、ありがとうございます」
「あ、いえ。」




話しかけたのが初めてだったからか、少しハッとした風に俯いた彼女が財布を出して会計を済ます
そしてカウンターの上にある袋を掴んだ時だった
手首に見えた青紫色のものに心臓が跳ねた
それは、正しく殴られたか強く打ちつけて出来た様な痣だったから。
引き止めようかと思った、でもその時はそれ以上何も言えなくて、ありがとうとぎこちなく笑った彼女の後ろ姿を見送るだけで精一杯だった。

それから…一体幾日が経ったのか
相変わらず彼女はコンビニへやって来る。
けれどあれ以来、ありがとうと笑う顔がどんどんぎこちなくなって行っている気がした
そして、今日も彼女はカップラーメンとおにぎりを二つカウンターに置いた
その手には包帯が巻かれていて、頬にもガーゼが張られている
綺麗だった長いホワイトブルーの髪はボサボサで、もう隠す気力も無いのか赤く腫れた目蓋が眼鏡越しに見えた
それでも彼女は必ずカップラーメンとおにぎりを二つ、そしてきっと彼女が吸うのではないだろうキャメルの煙草を買うのだ
そして笑う、ありがとうと。
精一杯の笑顔で。
そう考えるとどうしても袋を渡せなかった。




「あ、の…」




袋を握りしめたまま固まった僕に、彼女は殆ど怯えた様に声を出す
その声を聞いた瞬間、自分の中で何かが崩れていった。
僕は袋を離すとカウンターから出て、彼女の包帯に包まれた手を取った
今考えたら何て事をしたんだろうかと思うが、その時はこれが最善の方法だと思ったのだ。
冷たく細い、今にも壊れてしまいそうな手を握って店を飛び出した
彼女は驚いた様な顔をしていたけれど、もう抗うだけの体力がないのか引かれるままに付いて来る
暫く走ると公園の前で立ち止まった。
繋いだ彼女の手が震えているのをその時になって知った




「あ、あの…私」
「逃げませんか」
「え?」
「僕と一緒に、逃げてくれませんか」




眼を見て告げる事なんか出来ないから、地面に視線を落としたまま告げる。
きっと、僕ももうあのバイト先には戻れないだろうから、それならばいっそ…という思いだった。
断られたらと一瞬、不安が頭の中を襲ったけれど…




「うん、いいよ」




後ろで囁かれた言葉は決意を固めた様な、そんな声だった。
ポケットに入れていたケータイがバイブ音を立てる
それを引き抜いて、電源を切ると公園の入り口にあるゴミ箱へ捨てた。
彼女もそれを見て、同じ様にバッグからケータイを出すと電源を切って捨ててしまう。
そうして二人で顔を見合わせると、自然と笑顔が溢れた。
そんな彼女の顔を見ながら、あぁ、久々にこんな顔をみるなぁとしみじみ思う

お互いの名前も知らない
素性も知らない
育った環境も知らないし家族だって恋人だって…いや、もしかしたら結婚して子供だっているのかもしれない
それでも。




9210
(今この時、この瞬間、僕は君を守りたいと心からそう思った。)




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