風に乗って届くアルトの歌声は時々途切れて不規則に、けれど緩やかにメロディーを奏でていて

何時も笑って世話好きなアイツじゃないけれど…平和だと
そんな錯覚さえも覚えてしまいそうで……


久々のまともな宿、一人部屋
夕暮れ前に着いた街はとても静かで長閑という言葉がとても合う街だった。
買い物に出た八戒と悟空、悟浄はまだ帰らないし三蔵は部屋で新聞を読んでいるんだろう、引っ込んだまま出て来る気配はなかった。

だから特にやる事がなかった私は、集合部屋になっていた八戒の部屋で懐かしい歌を歌いながらほつれていた上着の直しをしていたら




「おい 翠花」
「あ、三蔵…」




不意にノックなしで開かれた扉の方を見やれば、何時もの法衣姿に眼鏡と新聞を持った三蔵の姿
それを見て私は直感的にヤバいと思った
このパターンはきっと『さっきからうるせぇんだよ』と怒られる、そんなパターンだと思っていたのだが…




「ご、ごめん…うるさかった?」
「…何がだ?」
「え?…いや、歌が…うるさかったかなーと思ったんだけど」
「何の話だ」
「………」




何だか拍子抜け、というか何というか…でもとにかく機嫌を損ねた訳ではなかったらしく、私はホッと息を吐き出した
それと同時に今度は疑問符が浮かんだ
だったら何故、三蔵はこちらまでわざわざやって来たのか…




「な、何か飲み物でも入れようか?」
「あぁ、頼む」
「八戒か誰かに用だったの?」




針の手を止めてコーヒーを入れに席を立つ、すると三蔵は『そういえばアイツらは』と今更な言葉を呟いた
私はオイオイ大丈夫かこの人は、と若干呆れながらコーヒーを手渡し




「三人なら買い物だよ、八戒がゴールドカード借りに行ったでしょ?」
「……そうだったか?」
「三蔵…大丈夫?そろそろ痴呆でも来てるんじゃない?自分の必殺技とか忘れちゃわないでよね」
「殺されたいのか、貴様は」
「いや、結構マジで心配してるんだけど…私」




苛ついた様に返した三蔵に私が真剣にそう答えると馬鹿馬鹿しいと一蹴されて、三蔵は開いた新聞に眼を落とす
私はそんな様子にため息を零すと、先程座っていたベッドの縁に腰掛けて再び針を握る
しかし、今度は側に新聞を読んでいる三蔵がいるため歌う事はせずに黙ったまま…すると、新聞を置く音と共に『おい』と声を掛けられた




「何?どうかした?」
「歌、歌わねぇのか」
「え…?」




一瞬、自分の耳を疑った…
だって何時もの三蔵なら絶対に『うるせぇ』とか『やかましい』とか悪態を吐くのに

私が戸惑っていると、三蔵は座っていた席を立ち私の前までやって来た
そして…




「え、あ…あの、ちょ…三蔵様!?」
「うるせぇ、喚くな」
「いや、喚くなって言われましてもっ!!」




何故か目の前で法衣を脱ぎだした三蔵に私は何が何だか判らずパニック状態
いや、別にそりゃあ私だって好きな人とならそういう事はしたいと思いますよ?思いますけども!!
もうちょっとこうタイミングとか、雰囲気とか何かあってもいいんじゃないかな…とそんな事を思って赤面していると、不意に目の前の三蔵が『何誤解してんだ』と頭を小突いた




「え…?」
「期待を裏切って悪いがな、法衣の袂がほつれてる ついでに縫え」
「あ、な…成程」




穴があったら入りたいとは正にこの事か…
私はまだ微かに温もりが残る法衣を手にして自分の早とちりに眉を下げた
それと殆ど同時にベッドのスプリングが軋む音がして、膝の上に何やら重い物が乗った

それに私が恐る恐る視線を下げると見慣れた金糸の髪が見えて…




「さっ…」
「さっきの歌、上手かったな」
「え?」
「……俺は寝る、起こしたら殺す」
「………」




そういい残すと、三蔵は規則的な寝息を立て始めた
私はそんな三蔵を見下ろしながら『これじゃあ縫い物なんか出来ないじゃない』と悪態を吐きかけてふと思った
何時もそっけなくて私が居たって自分から話し掛けるなんて事はめったにないのに、今日は何だかとても行動的だったよね…と




「もしかして、三蔵 甘えたかったのかも…?」




首を傾いで呟いた言葉には、返って来る返答はなく
私は一人『な訳ないか』と苦笑して窓の外、夕暮れが迫る街並みを歌を口ずさみながら眺めていた…




『黄昏の歌・終』


91000番キリリク、春日修様へ。

- 1/1 -


[*前] | [次#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -