どれくらい走っただろうか、息も上がった私は大きな木の影に隠れて休んでいた。
後ろから追って来る足音は聞こえないから、もしかしたら運良く気づかれなかったのかも知れない


「……でも、あれ…」


しかし、思い出すのはあの奇妙なシルエット
そして女性の断末魔の様な悲鳴…―――
今まで過ごして来た人生で殺人事件なんて身近に起こった事はなかった、いやそれ以前に自分はいつも毎朝学校へ行く前に見るその手の事件を何処か自分には絶対降りかからない他人事の様に考えていたのだ
なのにまさか人の命が消える瞬間を目の前で見るまでも行かなくても聞いてしまうなんて…

そう想い返して、私は漸く自分の身体がガタガタ震えていた事に気がついた。
こんな事ならムリしてでもあの街に引き返すか、夜中歩き続けたほうが良かったのかもしれない…
私がふと、そんな事を思った時だった
私のごく近くでカチリと金属が擦れる音がして、私は錯覚かと思う声を聞いた


「おい、貴様そこで何してる」


右側数メートルの処に誰かが立っていて、私に向かって何かを突きつけている
相手は暗闇で私が良く見えないのかすごく警戒しているが、この声は間違いない。
昼間に出会った四人組…その中でも一番無愛想だった僧侶姿の男だ

本来ならこんなヤツに二度合った事自体、嫌な筈なのに私の平和かつ庶民的な精神はもう音を上げる寸前だったのだろう、私ですとやっと小さく吐き出した声は酷く掠れて震えていた。
それを聞いてか、私の前方から『その声は…』と少し驚いた様な声が聞こえて、次の瞬に私は強烈な光に照らされた


「やっぱり…貴女は朝に出会った方、ですよね?」
「え?あ…ホントだ」
「こんなトコで何やってんの?」


眩しくて顔を背ければ、気をつかってくれたのか強烈だった光は少しだけ弱くなる、そうしてからやっとそれが車のベッドライトだったという事に気がついた
そしてそこには残りの三人もちゃんと座っていて…どうやら私と同じく彼らも野宿の様だった


「あ、えっと…」
「何か…僕らに気づかない位に脅えてらっしゃいましたけど…何かあったんですか?」
「お、女の人が、こ…殺されて……ちゃんと見た訳じゃないからわからないけど、でも、多分…私、何にも出来なく…」


言いながら自分がボロボロと涙を流している事に気がついた。
もしかしたら観世音菩薩が言った人達はこの人達じゃないかもしれないのに、武器まで持っていて銃口は先程まで私をしっかりと捉えていたのに…なのに何でだろう。
もの凄く安心して、私はその場へへたり込む様に腰を下ろした
すると驚いたみたいに男の子が大丈夫かよと言って駆け寄って来てくれる
それに私は俯いたまま、ただ涙を流す事しか出来なかった。


「すみません、ご迷惑かけてしまって」
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい 初めてそんな体験をしたなら誰しも混乱しますから」
「そーそ、それにちゃんと感情に表さねーとソコの坊主みたく無愛想になっちまうしな」
「うるせえ」
「もう大丈夫か?」
「うん、ありがとう」


暫く泣き続けて、漸く涙が止まった時には少し気持ちの整理が出来たのかさっぱりしていた。
一番心配してくれた男の子にどうにか笑顔を返して頷くと、不意に隣に立っていた僧侶姿の男が『おい』と私を呼んだ


「何故、街を出た」


それは質問ではなく問責のニュアンス
私はその言葉に少し眉を寄せたが、他に付け足される言葉はない様だった。


「何故って…宿屋のバイトクビになっちゃったし、宿屋はそこだけだったから何だか凄く居心地悪くて」
「街の外に、しかも夜に出りゃ少なからず危険があるのはわかってただろう」
「それは…」
「一つ間違えば殺された女はお前だったかもしれんぞ」
「……」
「自分の身すら守れねぇガキが無茶してもロクな事がねぇんだよ」
「三蔵」


言われた事はキツいけれど事実だ。
もし私があの女性より先にアイツらに見つかってたら、あそこで大声を出していたら見つかったかもしれない、一瞬走り出すのをためらったら今は此処に居なかったかもしれない、途中何かに躓いて転んで命を落としたかも…
そう、もしどれか一つでも何かがあったなら…あの女性は私だったかもしれない
それは分かる、でも

唇をキツく噛んでどうにかこらえようと思ったのだが、どうもこの胸のモヤは収まりがつかないらしかった。
私は一度引っ込めた筈の涙が再び溢れるのを感じながら、立ち上がると私より幾分か背の高いその僧侶姿の男を睨みつけた


「だったら教えてよ」
「お、おい…お嬢」
「私知らないよ?この世界の事何も!何一つ知らない。例えば此処が何処かとか、次の街まで何キロあって何日かかるかとか、文化とか生活とか風習とか治安状態とか宗教とか食事とか、ぜんっぜん!何にも知らないんだから!!大体あの耳尖ったのって何よ?人間なの?それに貴方達の事もそう、観世音菩薩に一緒に行けって言われた以外、私には何の情報もない。悪人か善人かもわからないし、私がこれからどうしたらいいのかもわかんない…なのにっ!そんな事言われてもわかるかっての!!このクソ坊主ッ!!!」
「………」
「…言っちゃった」
「俺しーらね…」
「あ、ははは……」


一気にそうまくし立てて見ると何だか思いの外すっきりして、涙も他三人も引いたらしい
でも私は今更弁解する気はないし、第一言った事は事実ばっかりなんだから私が今更謝る事もないだろう。

私がそんな事を思って、目の前の無愛想ヅラを再び見上げた時だった…不意にごく近くでガサリと草を踏む音がして、私の肩はビクリと跳ねた。
視線を泳がせてみれば、三人も各々視線を巡らせている様で…


「おい」
「は、はい!?」
「言いたい事はそれだけか」
「え…?」
「文句はそれで充分かって聞いてんだ」
「は、はぁ…まぁ」
「なら、今度は後始末だ」





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