昌蘭が死んだ

いや、正しくは消えたと言った方が正しいのか
どちらにせよ、姿を見る事はもう無いだろう
思えば五百年以上前、彼がまだ産まれて間もない頃に式としてと言うより友人として側にいる事を先代から命じられたのが始まりだった

天界人と式は時間の経過も成長も下界と天界が違う様に、また違う
日々成長を見せる彼に私は何時も静かにただ、そこに居た
性格が合わないからと距離を取る様になっても、白亜が居る事でどうにか上手くやって来たのだ…あの日、先代が命を落とすまでは


『側に居てやってね』



それだけを言い残して契約を切らぬまま二度と戻らなかった主
永く式として色々な主に仕えて来たが、そんな事は初めてだった
そして、その後継者である者に拒絶されたのも…それが初めてだった。
崩壊した天界という世界で彼が救いを求めたのは、友人として側に居た私達ではなく血の繋がった親類でもなく、事件の発端となった一人の少女だった


翡翠童子



彼の先代が付けた名の通り翡翠の髪をもったその人物は、彼と先代との関係も知らずずっと頼り続けていた
けれど、それは端から見ればの話……本当は全くの逆だった

翡翠童子が昌蘭を頼ってるのではなく、昌蘭が翡翠童子を生きる糧にしていた
それは先代との約束でも観世音菩薩の命でもない、彼の彼自身の執着だ
そして、その執着が後に彼を式世界へ引きずり込む一端となった

私はと言えば拒絶を受けたその日から契約は破棄され、代わりに新たな主を受けた
他でもない、翡翠童子その人だった
私達の様な者にとって主は絶対であり、主の死は己の死でもある…
あの日、翡翠童子が死してから私達はずっと死んでいた
長い永い時を時間を……

その中で知ったのだ昌蘭が式世界へ足を踏み入れた、と
式というのは一般的には視覚に入らない、人や動物の姿を取らない限りは主以外には認知出来ない生物だ
その点を言えばシイは鼬の姿を元々から持っていて、人々に見えやすい
しかし、シイに喰われるという事はつまり己と獣が共存するという事で、やはりそれなりの支障はある
そこで有効になるのが己の確立だった
他者、それも使役すべき主の一部を担う事で『自分』を確立する
それが『シイ』ではなく『昌蘭』であるための鍵であり、シイに意識を喰われてしまわない唯一の方法だった


しかし、人間界で昌蘭が見つけた鍵は少々厄介なものだった
悲劇を抱え込み少女を助けたつもりが要らぬ悲劇を生み出した
それと同時に異世界への鍵をもこじ開けて…―――


だから、きっと
あの時、彼が潔く経文に呑まれたのは罪滅ぼしだったのだろうと思う
最期の最期、己の存在を認める者からの拒絶と共にシイに四肢を喰い千切られる様を見せない為の…―――けれど、でも


「―――――…卑怯ですよ」


こんな形で舞台を降りて、残された私は一体何をすればいいのか
感情を出さず一人悲しみに暮れる主に掛ける言葉さえ見つからない、それより何より…


「昌蘭…」


この胸の痛みが、後悔が言葉さえ引き裂いて…
いっそ私すら潔く消えてしまえたならばどれほど楽なものか


けれど、それでも私達は生きていて

人間より天界人よりも長い長い永い時間を歴史を看取って行く
今が死ぬ事さえ許されぬ地獄、ならば



今、君がいる場所が心安らげるものであるよう…―――




『requiem・終』

- 2/2 -


[*前] | [次#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -