高校を卒業後すぐに雷蔵と暮らし始めてから、もう十九年目。当たり前だが色々なことがあった。一週間以上長引いた大きな喧嘩も、私が覚えている限りで、七回くらい。しかし、たった一度でも別れようと言ったことはない。冗談でも言える訳がない。喧嘩して、仲直りして。そうして気付けば十九年。私も雷蔵も不惑の四十を目前としている。つまり、例えばソファーから立ち上がる時とかに、

「どっこいしょ、」

と、普通に言ってしまう、おじさんである。

「…っく、」
「あれ、笑ってる」
「ふふ、何でもないよ雷蔵…」
「嘘だぁ。君が何でもないって言う時は、得てして何かある時だ」
「ひどい疑いようね」

心外だと私はソファーに倒れ込む。雷蔵が座っていた部分に残る温かさに頬擦りしていると、雷蔵はアイスを片手に戻って来た。
ほらどいてと、スプーンを持った手で頭を小突かれる。私が身体を起こすと、雷蔵は再びソファーに身を沈めて、ふうーっと大きく息を吐いた。それを見て、私はまた笑ってしまう。

「もう、何なのさ」
「だって、君って、本当におじさんらしいんだもの…ふふ、」
「お前も同じ歳だろ、もうボケたのか?」

雷蔵はちょっと顰め面のままいちごアイスを口に運ぶ。赤いつぶつぶが入ったピンクのアイスクリーム。それが、無精ひげの男と可愛いミスマッチさを醸し出していて、私はいっそう楽しい気持ちになった。
笑うと皺が出来る目元、昔は爛々としていた眼光は柔らかく落ち着き、何よりも安心を与えてくれる。ちょっと皮が弛んだ指先、さらさらと私の肌を心地良く撫でてくれる。昔と変わらず高い鼻に細いフレームの老眼鏡が架かると、若い頃とは比べ物にならない、知的でミステリアスな色香が溢れた。
もくもくとスプーンを口に運ぶ横顔を、惚れ惚れと眺めていると、ふと雷蔵がテーブルにアイスを置いて振り返った。

「三郎はさ、何か老けないよね」
「そうかい?皺もあるし肌もハリがなくなったし…」

私は自分の首元に手をやる。昔はぴっちりと張っていた肌も、今は薄い皮が摘めて伸びるのだ。

「肌?綺麗なままじゃないか」

雷蔵は、アイスで冷たく冷えた指で、私の頬を撫ぜた。じっと覗き込む目に、そうかなと首を傾げると、雷蔵は優しく微笑んだ。

「君は、綺麗」

そう言って、同じ顔の私の身体を引き寄せる。雷蔵の肩に顔を埋めると、古書のような甘い香りが私の胸をいっぱいに満たしてくれる。

「私は努力しているからね」

君に触って貰う為に。
ちゅっと音を立てて唇をつつく。低く掠れた声で、雷蔵はくすぐったそうに笑う。

「それってさ、顔だけ?」
「勿論、君に触れられるところは全て」
「ねえ三郎、改めて確かめたいな。良い?」

今度は雷蔵が私の頬にキスをする。唇へと横に滑り、昔と変わらず熱く湿った舌が私のそれと絡み合った。
暫く、ゆっくりとした動きで粘膜を擦り合わせて、私たちは緩やかに熱を上げてゆく。

「……三郎、寝室に」
「ん、…」

雷蔵が私の手を引きながら、ソファーから立ち上がった。

「どっこいしょ」
「………」
「…三郎…」
「……っ、ごめん…くくっ」

私は雷蔵に引っ張られるままに手を上げたまま、込み上がる笑いに身体を丸めた。
歳を重ね、一層男性としての魅力を増した雷蔵が言うどっこいしょ。その丸い響きが、いちごアイスと同じく可愛い。

「ふ、ふふ…っ、ごめ…、」
「…まったく、変な所でツボに入るんだから…」

雷蔵はぱっと私の腕を離した。笑い過ぎたかと顔を上げると、雷蔵は腰を曲げて私に覆い被さってきた。

「へ…?」

再び抱き締められるのかと思いきや、雷蔵の腕は私の背中と膝裏に回る。そしてそのまま、ふわりと身体を持ち上げられた。いわゆる、お姫様抱っこ。
私は雷蔵の首に腕を回し、その顔を覗き込む。雷蔵は得意げに笑って、瞠目する私の額に唇を降らせた。

「そりゃ、おじさんだけどさ、こうして君を抱き上げることは出来る…ちょっとは見直してくれた?」
「…見直す、だなんて、そんな」

惚れ直す暇もないくらい、日々魅力的になる君に、私の胸は高鳴りっぱなしだと言うのに。
雷蔵は私の顔が赤く染まるのを見て、いっそう笑みを深くする。笑い皺と緩む瞼の向うに、昔と変わらず澄んだ瞳が黒々と光っている。

「まあ良いや、このままベッドまで運んであげるね」

雷蔵は、二度目のキスを私の唇に落として、私を抱えなおした。


「どっこいしょ」






これが桃源郷かと思しき企画、「本と煙草と無精髭」に参加させていただきました。企画者のもろこち様に、乾杯!

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