「イエロー、なに、してるんだ、」 ゆれるひとみ、見開かれるひとみ、細められるひとみ ああ、きっとわたしは、この日のことを、一生わすれることはないんだろう。 「わぁ、皆さんいらっしゃい!お待ちしてたんですよ」 「こんにちはイエローさん!お邪魔します」 「いつも悪いな」 「………ちわ」 がちゃりと開いた扉から顔を出したイエローは、いつもの通り満面の笑顔で俺達を迎え入れた。 今日のお菓子は殊更出来がいいんです、と嬉しそうに台所に案内する彼女に着いて行く。 わぁ、素敵!と歓声をあげるクリスに、不機嫌そうなゴールドが続く。最後尾の俺は、いつものように鍵を閉めずに玄関の扉を閉めた。 何も変わってない、いつもの通りだ。 溜息を隠せずに俺は深く息をつく。ゴールドの眉間に、ますますしわがよったのが見えた。 「じゃーん!今日は特製ベリーパイです!どうですか、なかなかいい出来だとは思いませんか」 ふわりとベリーの香りが鼻腔を衝いた。みずみずしいベリーはけれどとろりとおいしそうで、クリスがますます顔を輝かせる。 作り方を教えてもらおうとしているクリスがイエローに話しかけているのを横目に、俺はベリーパイに視線を落とした。 ああ、見覚えがある。俺の顔が少し曇ったのを見て、ゴールドが不機嫌さを隠さずに呟いた。 「またか」 「……ああ」 「………いつまで続けるつもりなんだよ」 「帰ってくるまでだ。きっとな」 ふざけんなよ、ゴールドの怒りとも、悲しみともとれる呟きが聞こえる。 俺は何も答えなかった。同じ意見だからだ。 ああ、いつまでイエローはこんなことを続けるつもりなんだろう。 ねぇイエローさん、今度は私の家で、一緒にお菓子作りしてみませんか、教えて下さい。さりげなくクリスが誘う。 それにやんわりと拒否をかえして、イエローはもっと練習してからにしますねと微笑んだ。 もう充分だろうとは、誰も口にしなかった。 『彼はもう、ここには来ませんよシルバーさん』 微笑んだ彼女にそう言われたのは、もう随分前だったような気がする。 目を見開く俺に、貴方にも行き先を告げないなんて、薄情な人ですねぇなんてイエローは笑って、それ以外何を聞いても答えてくれない。 不審に思いながらもその日は引き返して、後日、ワタルと一緒にいるところをレッドさんに見られたのだとねえさんから聞いた。 ああ、それでか、と、俺はそのときは気にも留めなかったのだ。 いつか彼にもバレることは俺にも分かっていたし、今はそのことで気まずくてお互い姿を見せていないのだろうが、そのうちまたひょっこりどちらかが会いに行くんだろうと思っていた。 第一、彼らは何も悪いことなどしていない。レッドさん本人でさえ、あの時は驚いたけど、納得してイエローが一緒に居るんなら、それってなんだか良いことだよなと笑っていたのだ。 しかし俺の考えは間違っていた。2人にとって、いや特にイエローにとって、そんな簡単な問題ではなかったのだということを、もう嫌というほど思い知った。 再びイエローが作ったベリーパイを見る。綺麗な出来、まるで完ぺき主義だった彼が作ったみたいだ。 イエローはあの日以来、ずっとトキワでお菓子を作っている。彼が、ワタルさんが、よく彼女に作っていたお菓子を、ずっとトキワで作り続けている。 「なぁ、イエローさんよ」 ゴールドの声がして、思考に沈んでいた俺ははっと我に返った。 隣では同じようにクリスが目を見開いている。ゴールド駄目、と呟いた彼女の瞳は不安の色でいっぱいだった。 「なんですかゴールドさん」 微笑んでイエローは答える。 彼女は笑顔を絶やさない。まるで張り付いたかのような笑顔を、もう俺達は何度見たんだろう。 ゴールドが拳を握り締めた。 「いつまで、こんなこと続ける気なんすか」 「こんなこと、とは?」 「……ッ、ふざけんな、わかってるくせによ!皆が心配してんのだってあんたほんとは知ってんだろ!」 「ゴールド!」 「ゴールド、落ち着け」 「うるせぇお前らは黙ってろ!いいか麦わらギャル、あんたとそいつがどんな風に出会ってどんな風に過ごしてきたのかなんて俺は知らねぇ、でもあんたにとってあいつはダチじゃなかったのかよ?」 「…………」 「そんなんなっちまうくらいなら会いに行けよ!ダチだろ!四天王だからってなんだってんだ!」 「ゴールド!」 「過去にデカイ事件起こしたからか?誰かをたくさん傷つけたことがあるからか?ダチになるのに、過去なんか関係あるのかよ!悪事働いたことあったら、一緒にいちゃいけねぇのかよ!なぁ、ダチなんだろ?それともあんたにとってそいつは、その程度のもんだったのか!」 「ゴールド、止めろ!」 大きく肩で息をするゴールドとは対照的に、イエローはとても落ち着いていた。 じっとゴールドを見つめる彼女の瞳からはなにも感じ取れない。ゴールドが俯いた。少し震えている彼の拳が、彼の心情を物語っている。 しばらく沈黙が続いたが、彼女は何も言わなかった。 「なんでだよ、わかんねぇよ……」 俯いたまま呟いて、ゴールドが部屋を出て行く。慌てたクリスがその後を追う。 部屋に残された俺とイエローの間に、再び沈黙が落ちた。 「………叱られて、しまいました」 沈黙の中、ぽつりと唐突に彼女が呟く。 驚いてイエローを見る。自嘲的な微笑み。ああ、笑顔以外の顔を、そういえば俺は久しぶりにみたかもしれない。 「……俺もクリスも、あいつと同意見だ」 「そうですか、ふふ、3人とも優しいですね」 「イエロー、」 「実は、最近グリーンさんにも同じようなことを言われて叱られたんです」 「…………」 「でもね、ボクにももう、分からないんですよ」 すとんとテーブルについたイエローに、よかったら如何ですかとベリーパイを勧められた。 久しぶりに見た哀しげな表情に、断ることが出来ず俺はうなずく。 既に切り分けられている見事なパイが、俺の前に置かれた。 「上手いものでしょう。昔は彼にいくら教えてもらっても上手に出来なくて、お菓子作りなんて繊細な作業、ボクには無理だと思ってましたけど。人間本気で練習すればできるようになるんですね」 「……なんでお菓子を作るんだ」 「そうですねぇ、………認めてもらいたい、んですかね」 「認める?」 「そう。同じ材料、同じ作り方、同じ味、同じ見栄え。ボクにとってこれは彼が作ったお菓子なんですよ。これを、みんなにおいしいって言って、食べて欲しいんです」 「…………」 「……ボクと彼は、同じでした。ゴールドさんはそんなの関係ないって言ったけど、ボクにとって彼がしたことは、ひょっとしたらボクがしていたかもしれないことなんです」 「イエロー、」 「ボクが彼と同じ立場に立ったら?ボクが、彼と同じ声をずっと聞き続けていたら?ひょっとしたらボクは、彼と同じこと、もっと酷いことを、しでかしていたかもしれないんですよ」 「…………」 「彼は確かに、大変なことをしました。けれどそれは、本当に彼だけが悪いんですか?人は彼を大悪党というけれど、ボクのことを英雄だというけれど、本当にそうですか?彼が悪党だというのなら、ボクだって同じです。ボクは英雄なんかじゃない。彼は悪党なんかじゃない。それなら彼を悪党にしているのは誰ですか。彼を悪党にしているのは、彼のことをなんにも知らない大勢の、国中の人たちなんじゃないんですか?」 「イエロー……」 「……すみません、でも、ずっと考えていたことだったんです。彼と親しくなれば親しくなるほど、どんどん大きくなっていって。ボクが皆にほめられるほど、どんどん膨らんでいって。」 「…………」 「そんなボクの考えを、彼は分かっていました。彼は自分は悪党でいいんだと言いました。俺は間違いなく、あの事件を起こしたのだから、そしてそれを後悔はしていないのだから、と。でも、ボクはやっぱりやりきれないんです。彼は悪党なんかじゃない」 「でも、ずっとずっと押し込めてきたんです。気づいていないフリをして。ボクが“人間"にマイナスイメージを持つことを彼は嫌がっていましたし、僕もそんなこと、考えたくありませんでした。だって、ボク自身だって“人間″なんですもの」 「…………」 「でも、あの日、レッドさんに見つかってしまって、問い詰められて、今まで押し込めてきた思いが、爆発してしまったんです」 『……イエロー、何して、るんだ……?』 『ワタル、貴様……!イエローから離れろ!彼女に何をした!』 目の前が真っ暗になる思いだった。 レッドさんの行動はボクを心配してくれているからだとも分かっていたし、何よりレッドさんは今の彼を知らないのだ。 彼の変化を知らないレッドさんがいきなりボクと彼が一緒にいるのを見れば、優しい彼がこういう行動にでるのは当然だった。 分かっていた。分かっていたのに、ボクはショックでたまらなかった。 ああ、やっぱりレッドさんまでもが、彼を悪党にしてしまうんだ。 それからはもう駄目だった。その夜ワタルに縋り付いて、どうしてと泣き叫んだ。貴方は違うのに、そんなんじゃないのに、どうして、どうして! ワタルは哀しそうな表情で、一晩中ずっとボクを抱きしめてくれていた。 彼はすまないと謝り続けて、俺のせいだなと呟いて、そしてボクは貴方は悪くないと言い続けた。 夜が明けた後、彼は居なくなった。 俺はお前の傍に居ないほうがいい、俺のことは忘れろと、小さな口付けをひとつのこしていなくなった。 「……………」 「それからしばらく後、心配したレッドさんがうちに来てくれました。多分事情を知っていたブルーさんかグリーンさんに、彼のことを聞いたんだと思います。あのときは急に怒鳴ってごめん、ワタルにも悪いことしちゃったから謝りたい、あいつ、怒ってなかったか?って言ってくれたんです。とっても嬉しかった。嬉しかったけど、でも、レッドさんが彼を認めてくれても、他の人がみんな認めてくれたわけじゃないんです。ワタルはずっと、悪党のまま、ボクは英雄のまま」 「考えすぎだ……知らない奴らがどう思おうが、あんた達には関係ないじゃないか」 「………そうですね、ボクもそう思います。でも、ボクはどうしても、それを考えてしまうから」 「だから、もう、会わないのか」 「彼はもう、ここには来ません。……ボクの為に」 イエローは笑った。見たこともないくらい、哀しい微笑みだった。 シルバーさんが帰った後、ボクは広い部屋で一人溜息をついた。 今日は疲れた。この気持ちを吐き出したのは初めてで、上手く喋れた自信がない。 「ボク、みんなに迷惑かけてるなぁ……」 特に気になるのはレッドさんだった。 ボクの様子がおかしいのを気にして、ワタルが居なくなったのを気にして、俺のせいだと落ち込んでしまっているらしい。ごめんなさい、あなたのせいじゃないのに。 「自分で、決めた、ことだから……」 そう、自分で、私達で決めたことだ。彼はボクの為に、ボクは彼に心配をかけさせないために。 誰も悪くない。ボク達ふたりで、きめたこと。 ああ、はやく立ち直らなければ。彼が居なくなった、それだけで、こんなにも辛いなんて、考えたこともなかったけれど。 窓の外を見上げた。無意識に探してしまう竜の姿は勿論ない。 玄関の鍵は開けたままだ。窓も同じ。 ああ、ボクは何を、しているんだろう。 頬を水が伝っている。気づかないフリをして、ボクはただ空を見上げ続けた。 もういっそ、夢のように消えてくれたら ああでも、それでもボクはきっと ------------- -------------------- 飛翔さんから相互記念、 「ワタルとイエローの関係を知った、周りの反応」でした。 管理人がバイトを終わらせた直後、「完成しましたー^^」というメールが届き、wktkしながら読みに行ったんですよ。…正直バイト終わりには刺激が強すぎた(号泣) いろいろなおいしい要素があるから、私はワタイエを好きになったのです。 飛翔さんのこの頂いた小説は、二人が敵同士だったという事を再確認させるものだと思いました。私は、ついつい敵同士ということを忘れて書いてしまいますから。 世界を壊そうとした人間。 世界を守った人間。 けれど一緒にいる二人。 二人の今の状態を知らないでワタルを咎めてしまったのが、レッドさんってのがもう…ッ!(じたばた) 興奮が収まらなく、飛翔さんには取り乱したメールを送りましたが、本当にありがとうございます…ッ!こういう部分もあるから、ワタイエっていいなぁ^^さらに好きになりました!私のわがままに答えて下さり感謝感激です! 感想は飛翔さんのサイトで! |