あまい。どうしようもなくあまい。「杏子さん杏子さん」と通常運転の八千代の話を聞き流しながら、佐藤は彼女の小さなつむじを見つめつづける。
 はにかんだ声音と表情。ふわふわとした栗色の髪。華奢だけれど白くて柔らかそうな体。八千代を形づくる一つ一つが、あまい。
 しかし、その甘さは優しい砂糖菓子のような、ほろりと口の中で崩れてしまうものではない。体の隅々まで届いて、どろどろに溶かしてしまう甘さ。佐藤を脅かす甘さだ。

「そういえば、あのね、さとーくん。昨日テレビで、食虫植物っていうのをやってたの」
「食虫植物?」
「そう。蜜で虫をおびき寄せて、溶かして食べちゃうんですって」
「へえ……」
「すごいでしょう?でも少し怖いわね」

 佐藤にとっての八千代は、まさしくそれだ。
 あまいあまい、八千代。優しくて、しっかりしていて、杏子を好きな八千代。そんな八千代から佐藤は逃れることができない。勿論八千代にそんなつもりはないのだ。ただ佐藤が溺れているだけ。勝手に、一人で。
 佐藤はとても苦しい。八千代の言うような、素敵で幸せなだけの恋とは全く違った。八千代を好きなことが、苦しい。
 店長なんかやめちまえ、と言ってしまいたい。いつまでもそのままでは居られないのだと。俺なら、ずっと一緒に居てやれるのだと。八千代のことを抱きしめて、出来る限り優しくしてやりたい。
 けれど佐藤はそんな心情をおくびにもださない。そうしたらきっと八千代が困るのを佐藤は知っている。八千代は不安そうな、或いは悲しそうな顔をするだろう。もしかしたら、ほろほろと涙も零すだろう。結局のところ、八千代が好きなのは杏子であって、佐藤ではないのだから。
 佐藤はきっとこの先も、八千代から離れることができない。もちろん、このままで良いとは思わない。いつか想いを告げて、八千代が頬を染めて頷く日を実現させるつもりでいる。
 けれど、もし間に合わなければ。佐藤は八千代のあまさに落ちて、溶かされて、どろどろになって……。それで、おしまいだ。





恋するということ



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