例えば、あなたがコツコツと靴を鳴らして街を歩くとき。気に入らない事があって、むっつりと眉を寄せるとき。手袋をはめて、ぱちんと指を弾くとき。何か美しいものに、目を奪われたとき。喜ぶとき。怒るとき。哀しいとき。楽しいとき。
 ひたむきに真っ直ぐ前を見ているあなたの斜め後ろにいるのが、ずっと私であれば良いと願っているのだ。



「私、マスタングさんになれたら良かったのに」
「何故?」
「だって……私、何もとりえがないんです。錬金術もさっぱりですし……」
「君はとても視力がいいじゃないか」
「そんなこと、とりえって言いませんよ」
「そうかい?……でも君はきっと、素敵な大人になるよ」
「マスタングさんみたいな?」
「リザ。もっと素敵な、君自身にだよ」



 きっと、あなたの役割を果たすのは、あなたでしかありえなかった。
 けれどあなたの傍らに控える私は、別に私でなくてもよかったのだろう。少し射撃の腕が立って、あなたが信頼する人であれば、誰でもよかったのだろう。
 今更神を信じる気は毛頭ない。だから代わりにあなたに感謝しようと思う。
 私が、私であった幸せ。私がそんなことを考えてるなんて、きっとあなたは気がつくことはないのでしょうね。



「泣いてるんですか」
「泣くわけないだろう」
「泣きたいんですか」
「……君は泣きたいのか」
「わかりません」
「そうか」
「私が泣いたらどうしますか」
「わからないな」
「そうですか」
「君が私の前で泣くとしたら、どんなときなんだろうな。ホークアイ士官候補生」
「その言葉、そっくりお返ししますよ。マスタング少佐」



 あなたは決して歩みを止めない。コートの裾をなびかせる、あなたの広い背中を誇りに思う。あなたは決して振り返らない。それはあなたの後ろに私達がいることを疑わないからだ。
 私はあなたを誇りに思う。あなたが私達を誇りに思っていることを、私達は疑わない。
 例え、戻ることが出来なくとも。私は。私達は、あなたと運命を共にしたい。



「珍しいじゃないか」
「……今朝、髪留めが壊れてしまって。後で誰かに借りてきます」
「そうか。それにしても、こうして見ると随分伸びたな」
「セクハラです」
「おい、いくらなんでも厳しすぎるぞ」
「冗談です」
「……。……何故髪を伸ばそうと?男の趣味か?」
「そうですけど」
「……私ではないな」
「そうですね」
「…………」
「冗談です」
「……中尉、君、侮れなくなったよな」



 あなたがいなければ生きる意味がないと、そう信じていた時期があった。随分と長い間の話だ。思えばそれはいつからだったのだろう?私にわからないのだから、他の誰にもわかるはずがない。
 まったく、馬鹿な私。けれどその愚直さを、ひっそりと慈しむ気持ちが何処かに根付いているのだ。今の私はきっとあなたが死んでも生きていける。のうのうと一人で、生きていける。
 けれど。あなたは絶対に死なないと、そう信じるようになった私は、はたして昔より愚かになったのだ。



「泣いてたんですか」
「何の話だ?」
「昔、准将が、ここで」
「ああ……どうだったかな。多分、泣けなかったんだろう」
「今は」
「そんなことより先に、やることがある。君もそうだろう?」
「勿論です」
「そうか、なら良い。……行くぞ、付いて来い」
「イエス・サー」



 これらのことを口に出したら、あなたは首を傾げて、結局私はあなたをどう思っているのかと尋ねるだろう。明快な解答を求めたがるのは錬金術師の性だから。
 あなたはたった一人しかいないのに、私のあなたに対する想いは、何故か複雑でややこしい。……でもそれは、本当はきっと、とても簡単なことなのだ。
 つまり。



「……大総統」



 あなたを信頼している。

 ただ、それだけの話。






あいでもない、

こいでもない





素敵企画「あなたへ」様に提出させていただきました。ありがとうございました!
遅くなって大変申し訳ありません……。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -