佐藤は女性の笑顔が好きなのだと、八千代は耳にした。

 佐藤はあまり表情を変えないから、八千代にはよくわからない。まあ、自分で言っているくらいだからそうなのだろう。
 笑顔。八千代は佐藤に寄り添う女を想像する。佐藤くんが好きになる人だから、きっと素敵な人なのだ。とても優しくて、笑顔がとびきり可愛い女の子なのだ。
 ………。
 八千代は鏡の前でにこりと微笑んでみた。
 ただの自分の顔だった。



 佐藤のことを好きな女性客がいるのだと、八千代は耳にした。

 佐藤の大学の同期生なのだそうだ。キッチンの彼は見れないと知りつつも、時折ここを訪れるらしい。
 「まあ」と相槌を打つと、種島はぴょんぴょんと跳ねて懸命にその客のことを語った。その様子に小鳥遊がでれでれと顔を緩めていたが、それは今は関係のない話だ。
 八千代は軽く頷きながらその話を聞いていたが、ふと口を開いた。
「ねえ、ぽぷらちゃん」
「なあに?」
「その人……素敵な笑顔だった?」
 ぽぷらは唐突な質問にきょとんと首を傾げた。しかしすぐに「うん!」と首肯し、とっても可愛かった!と付け加えた。



 白藤杏子のことを、八千代は心底愛していた。

 今日も今日とて杏子のパフェを作り、甲斐甲斐しく世話を焼き、頬を染めながら付き従っている。
 それを八千代は愛なのだと信じて疑わなかった。確かに、実際にそれは愛だった。
 恐らく杏子が死ねと言えば八千代は死ぬだろう(勿論、そのようなことを言わないという前提があってこその愛であるが)。
 まだ十にもならぬ頃からの思慕は、八千代にとっては最早アイデンティティといっても過言ではなかった。
 しかし……。
 佐藤を見たときに感じる息苦しさを八千代はまだ説明できずにいる。
 大切なお友達だから。大切なお友達なのに?
 伊波のことは心から応援できるというのに、佐藤の例の幽霊に対する恋や、佐藤の同期生のことを考えると、八千代の胸が潰れそうに痛む。
 八千代はその痛みに名前を与えようとはしない。
 杏子のためのパフェを作る。杏子はそれを食べて、悩んでいるのかと言った。
「お前はいつも考えすぎるから」
「そうでしょうか……」
「単純に考えろ。八千代」
「わたし、は……」
 あなたが好き。
 佐藤くんも、好き。



 佐藤が優しい男だということを、八千代は知っていた。

―――知っていたのだ。



「八千代、お前最近顔色悪いぞ。具合が悪いんじゃないのか?」
「さとーくん……」
 八千代は佐藤に近付いた。息も絶え絶えに白い制服を掴む。佐藤はぎょっと身を引きかけたが、すぐに何でもない顔をして「何だよ」と言った。
「佐藤くん、私、杏子さんが好き」
「……何だ、また店長のことかよ。そんなこと」
 とっくに知ってるっつーの。
 しかし、佐藤はその言葉を言い切ることができなかった。八千代の肩が震えていたからだった。
「……八千代?」
「ごめんなさい、私、でも、私」
「おい、どうしたんだよ」
「佐藤くん。お願い」

 私とずっと一緒にいて。
 そう呟いた。佐藤は目を見開いた。俯いた彼女の顔は見えない。ふっつりと喋ることを止めてしまった八千代の肩を抱きかけて……止めた。
 それは愛の告白ではなかった。
 ああ。佐藤はそう答えた。
 掠れた声で、わかった、と八千代の頭を撫でた。
 その手の温もりはどこまでも、本当に優しい。

 八千代はもう息をすることもできない。だから、冗談よ、ごめんなさいとは、ついに言えなかった。







さとやち的バッドエンド…?
素敵企画「メロウガール」様に提出させていただきました。ありがとうございました!



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