無造作な手つきで淹れられるインスタントコーヒーを、イーピンは頬杖をつきながらぼんやりと眺めていた。
 ミルクはカップに半分、角砂糖は三つ。相変わらず子供のような飲み方だ。成人を間近にした男子がそれってどうなのよ、と思わなくもない。けれど確かに、誰彼に歯の浮くような言葉を囁くランボにはそれが相応しいのかもしれなかった。

「イーピンも飲むかい?」

 頷くとランボはにっこりと笑った。本当に「にっこり」としか形容できないような笑顔だ。何がそんなに嬉しいのだか、イーピンにはさっぱりわからない。立ち上がって、鼻歌なんかを歌いながらごそごそ戸棚を漁っている。
 あったあったと手にしたのは真っ白い無地のマグカップだ。いくつもあるうちで、イーピンが一等気に入ってる物。縁がまあるく柔らかい曲線を象っているのが良いと思う。だけれど気に入ってると口に出したことはない。何で知ってるのかしら。

「これ、覚えてる?」

 むっつりと黙り込んでいる様子には構わず、ランボはイーピンに微笑んで尋ねた。彼はいつのまにか、こういう風に大人の笑い方もするようになった。数年前の格好付けた気障たらしいものではなくて、ノスタルジックで優しい色をしている。子供のような笑い方とのギャップがたまらない。らしい。彼の女友達曰く。
 イーピンが首を傾げると、ランボは小さく口ずさんだ。今さっきの鼻歌と同じメロディーだ。

「……あっ」
「わかった?」
「私たちが昔見てたアニメの主題歌だわ。戦隊モノの」
「イーピンは女の子向けのやつよりも、ああいうのが好きだったよね」
「そうだったかしら」

 他愛もない話が連綿と続く。緩急をつけながら続く。日常そのもののように続く。うららかな日差しの中で音楽のように流れている。
 あまりの平和さに眩暈がしそうだった。
 これは、イーピンの人生そのものだ。
 至る所に傷痕のあるランボのいる日常ではない。ここはイーピンのフィールド。殺し屋でもなんでもない、一般人Aの日常だ。
 息の詰まりそうなこの部屋でなら、イーピンは何だってわかるのだった。本当に、何もかも。

「ランボ」

 ぷつりと会話を断ち切るとランボは穏やかに何かな?と答えた。

「私、ランボのこと結構好きよ」

 とぽとぽと彼女の分のコーヒーを淹れる。
 イーピンがとても自然に言ったものだから、ランボも大して驚いていなかった。そこには、こんなに長い間一緒にいて好きじゃないはずがないじゃないか!なんて少し一方的な理由もあったりしたのだけれども。
 したりしたのだけれども、ランボにとっては、彼女の微笑みの前では全てが無関係だった。
 ランボにとってのイーピン。元殺し屋。幼なじみ。同級生。ラーメン屋のアルバイト。家族。姉であり、妹であり。守りたい人。大好きな女の子。
 何ならちょっと甘酸っぱさなんかが欠けている告白だって、トキメキとロマンスの恋愛劇に置き換えてもいいくらいに。

「そうだったんだ」
「そうだったのよ」
「知らなかったよ」
「私も知らなかったわ」
「じゃあそれは」

 躊躇いがちに(装って)言葉を切った彼はうっとりと、彼女のぴかぴか光る黒目をのぞきこんだ。いったい、いつから?
 ひっそりとした言葉も彼女はおんなじ時から知っていた。

「うまれるまえから」

 おかしそうに笑った彼女の睫毛の長さに目眩がした。柔らかそうな陶磁器の中でミルクがコーヒーに溶けていく。お願いだから角砂糖は2つにしてね、と彼女は唇を少しとがらせた。





羊水の中で



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