目の前に置かれたまぐなんとかとかいう入れ物からはゆらゆらと半透明な湯気が出ていて。その元を見ようと立ち上る甘い香りをせわしなく鼻を動かしながら覗き込む。

なんだろう、それはかごめの瞳の色に似ていた。薄く、淡く、ぷかぷかと泡を放つそれはかごめのそれとそっくりだった。


ふと目の前に座っているかごめを見る。かごめはこのかごめ色の飲み物を美味しそうに飲んでいて。お茶菓子に、と食卓の机に置かれたものはこの国独自の甘いセンベイみたいなもので。
時折それを含んでは幸せそうに微笑むかごめが大好きなのだ、自分は。


するとかごめはそんな自分の視線に気づいたのかふとまぐなんとかから顔をあげてこちらを見る。

不意打ちに近いそれに対応できるすべなど自分にはなく、なんとなくそういう視線を向けていた自分が見抜かれてしまった様な気がして(別に卑しい意味は無い)そっぽを向く自分。


「飲まないの?」


やわらかく微笑む目の前の彼女がとても愛おしくて、可愛くて。この笑顔が自分の凍てついた心を癒やして溶かしてくれたのだと感心してしまう。

自分だけに向けられるこの笑顔に、彼はまだ気づいてはいないが優越感を覚えていて。


そんな感覚につられたのか仏頂面だった自分の顔がほぐれてゆく気がする。ああ、俺はこいつに心底骨の髄まで惚れているんだな、とか考えてしまう。そこから欲望が渦を巻いて脳内を支配するが軽く頭を降ってそれを消す。

だめだ、だめだ。

きっとかごめはそんなことは望んではいない。この清らかで純白の少女を穢してしまうかもしれなくて。

ふと目の前のまぐなんとかに視線を戻すともうそこからは湯気はたっておらず、恐る恐る見慣れぬ陶器に手を伸ばし、包み込むとまだほんのりと人肌程度に暖かかった、まるで


かごめみたいに。


「……犬夜叉?」


既に空になったそれをコトン、と机に置いて彼女は目の前のマグカップを包み込むの彼を見た。
なんだろう、気に入らなかったのかな。一応犬だし、牛乳は好きかなとか思って。
でもこれを単品で出すには、と思い悩んでいるところにママが笑顔でこれを渡してくれた。


(犬夜叉くんと飲みなさい)


ママがこの間貰ってきたココア。どうやらどこぞの高級ホテルの土産物らしいそれはなんとなく高級感を感じさせる赤の袋に黒と白銀の文字で彩られていた。


──なんか、犬夜叉みたい


赤は勿論火鼠の衣、白銀は半妖の彼、黒は朔の日の彼のようで。ぼんやりとそれを抱きしめ突っ立っている自分は心底骨の髄まで彼に惚れているみたいで。

でもそんなのは自分の錯覚なのだろうか。この15年間恋など微塵もしてこなかった自分が恋心を抱けるなんて、と自嘲気味にかごめは笑う。

守ってくれて、頼りがいがあって、いつも一緒に行動を共にしている彼に恋心とも似た錯覚を覚えているのだろうか。

ふう、とかごめは溜め息をつきだらり、と上半身を机の上に伸ばす。指先に当たるのは先程気紛れで焼いたクッキー。
美味しいとは思ったけど何か物足りないそれ。足りないなにかがなんなのか、自分には分からない。


ぼんやりと犬夜叉を見つめればまだ彼は目の前のココアと格闘している、先程とは変わらないかたちで。

ふと、一応犬だよね…なぁんて当たり前のことを思う。
実際彼の鼻は犬のように濡れていて、乾くと風邪をひいてしまうらしい。
そんな彼をも可愛いなんて思うのは、年相応のこと?それともただの仲間として?


(分かんないなぁ)


なんとなく鬱だ。そしてココアの温かみで長旅で疲れていた身体がほぐされたのかだんだんと身体が重くなってゆく。

ああ、眠いんだ、とか考えているうちに瞼は急かすように下がってきて。

待って。あと少し待って。彼といる時間が愛おしいの、好きなの。大好きなの。







「…かごめ」








これは一体なんという飲み物なのか、と自分が問おうとして今までそれに落としてた目線をかごめへ向ける。
しかし目の前の彼女は気持ちよさそうに寝息をたてて寝ていて。目をやると彼女のまぐなんとかは既に空。自分の手の中のそれは一口もつけていなければ冷たくて。


……寝ちまってたことに気づかなかった



手の中にあったこれを見て俺は一体いくらぐらい考え混んでいただろう、熱い飲み物が冷めるくらいなのだからかなりの時間はたっていたと今更ながらに思う。


「………らしくねぇ」


自分がこんなことを考えるなんてらしくねぇ。自分はいつもかごめに思いつくままに我が儘を言って振り回してそれで、全て包み込んでくれるかごめがとても愛おしくて。

桔梗は俺に「人間にならないか」と。
人間になって一緒に生きたかったのが桔梗。
かごめは俺に「半妖のままの犬夜叉が好き」と言ってくれた。それはどういう意味なのか、半妖の自分とともに生きていくという意味なのか。
それは彼女に聞かなければ分からない。


寝心地が悪いのかかごめはよく体勢を変える。そのたびにさらさらと絹糸の固まりのように流れる黒髪に自然と目がいく。


──綺麗だ



この家に誰もいないのなら、俺はこいつを抱きしめて、口付けて、その先まで行ってしまいそうで。



エンドレスリピートな考えに気づかずに犬夜叉はココアを口に含んだ。




マグカップの中のココア
(こんなことを考えていたうちはまだ幸せだったんだ)


2010 07/11 時雨金魚




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