pixiv企画静夜提出
テーマ:雪・月・独り

 美しいものは愛する人と見たいと思うのが桜井の秘かな願いだった。でも桜井の想い人たる青峰はそんなことには興味がないだろう。もしかしたら桜井という存在自体に興味がないかもしれない。あの人が興味のあることがなんなのか、と考えてみてもコレだ、というものが思い浮かばない。グラビアアイドルの一人くらいだろうか。それでも、桜井の作った弁当に興味を持ってくれたのは嬉しかった。毎日作っていくことが楽しみだった。それでも気がつけば桜井が弁当を作ることが減っていた。そして今では作っていかなくてもよくなってしまった。
 ウィンターカップが終わって桜井は暇になった。練習はあったし、宿題だってある。やることは沢山あるはずなのに、桜井の中に何もなかった。ぽっかりと空いてしまった穴が存在を大きく主張してくる。虚しさとでもいうのだろうか。
 雪が沢山降る田舎の親戚の家に泊まりに行かないかと両親に言われた時にあっさり頷いたのもそのせいかもしれない。東京という土地から離れたかった。何もないような田舎に行くのも悪くない。少しの間でも、虚しさから離れていたかった。東京の喧騒は虚無感を煽ってくる。田舎に行けば何かあるような気がして。
 そう思ってやって来た田舎は雪が沢山あって歩きづらかった。雪が音を吸ってしまうようでとても静かな所だった。東京では考えられない静けさが桜井は気に入った。年老いた親戚は桜井が止まりに来たことをとても喜んでいた。
 東京では見られないくらい星が沢山見られるよ、と言われて桜井は外に出た。しばらく星を見に行ってきますと言ってから庭の雪に苦戦しつつ暗いところを探す。家の明かりが遠くに来た頃、星の明かりとつきの明かりだけの空間に一人隔離された。

「きれいだなぁ」

 素直な感想だった。誰もいないその場所で、雪が桜井の声を吸い込んでなかったことにしようとする。それでもいい。一人ぼっちの空間に言葉はどれほど必要だろうか。

「青峰サンと一緒に見たかったな……」

 こちらを向いてくれない彼を思い浮かべる。バスケに真剣になってくれたことは嬉しいけれど、それでも距離を感じてしまうのはどうしようもなかった。問題は青峰にあるのか桜井にあるのか、どうなのかすら分からなくなる。自分に向かない視線に悲しみを覚えていた。
 月の光がとても明るくて周りの星は見えない。月から見た星もそんな風に見えるのだろうか。輝きが強くて周囲なんて見えない。青峰も自身の輝きが強くて近い人々は見えていないのでは。そう思ってから月が自分で輝いているわけではないことを思い出す。月は青峰ではない。
 寒い。じっと夜空を眺めていたらすっかり冷え切ってしまった。このまま冷え切ってしまうのもいいかもしれない。青峰とは似ても似つかない月の光に凍らされるのだ。そしてもう何も考えられなくなるのだ。幸せなことかもしれない。逃げたい。現実から。
 月をじっと見つめたまま桜井は立ち尽くす。そのまま凍ってしまいたいと願いながら。

「青峰サン……」

 脳裏に青峰の顔が浮かんでくる。

「だめだ。死にたくない」

 もう一回青峰に会いたくて。桜井は蹲って強く目をつむる。そうしないと涙が溢れてしまいそう。月の光が心を狂わせてしまう前に、愛しい人にもう一度会いたい。
 桜井の頬に一筋の涙が流れた。


 月が狂わせる前に






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -