pixiv企画静夜提出
テーマ:病・二人

 世界には奇病というものが存在する。それは大抵の場合出会うことなく噂だけを聞いて生きていくのだと笠松は思っていた。テレビの特集とかで時々取り上げられて、こんな病気もあるんだなって思う。そういう人生だと思っていた。
 まさか自分の人生に奇病と出くわす道筋が描かれていたなんて思わなかった。
 そう、黄瀬が、奇病にかかった。
 黄瀬の奇病は体がガラスになっていくというものだった。最近世界は週末にでも向かっているのかおかしなことが起きている。今までに聞いたことのないような奇病に現象、世界は狂ってる。

「黄瀬の奴、本当に大丈夫なんだろうな……」

 大学で部活が終わると笠松は近くの店で夕飯を買う。家には今日は戻らない。黄瀬がいる病院に行くのだ。都心にある大きな総合病院。黄瀬はそこにいる。ガラスになる奇病が確認されたのは黄瀬が初めてで、治療を試みながらも新しい病気を調べられる被検体になっているのだ。面会はそうそうできない。それでも黄瀬が何か言ったのだろう、笠松は面会させてもらえることが多かった。時々調子が悪いからと断られることもあったがそれでも大体あうことはできた。
 今日は夜に来てほしいと黄瀬に言われていた。部活もあるから夜に会うのは問題ないが、病院側が許すのだろうか。素直に聞いてみれば黄瀬は何故か嬉しそうに笑っていた。大丈夫っス、と悪戯を思いついた子供のような顔をして笑っているのだ。良く分からないが何か黄瀬にとって良いことがあるのだろうと思う。だから笠松は行くことにした。
 夜の病院はどこか不気味だ。静かに入れば顔見知りの看護師が笠松に挨拶する。どうやら笠松を待っていたらしい。もう道は分かっているので案内などいらないと言うのに、看護師は今日は違うのだと言って知らない場所に笠松を連れて行く。エレベーターに乗った笠松が連れていかれたのは屋上だった。広い屋上の一角、街を見下ろせる所に車イスの黄瀬がいた。
 黄瀬に付き添っていた看護師がこちらにやって来て私たちはここで待っているから、と笠松の背を押す。

「黄瀬」
「センパイ、今日は来てくれてありがとうっス」
「なんでこんな所に」

 車イス越しに振り返った黄瀬がどこか情けない笑顔を向けてくる。

「一回、夜の東京をセンパイと一緒に見たかったっス。だから無理言ってみたんスよ」
「よく許可が出たな。面会時間だって過ぎてるのに」
「やー、だってオレ、病院に貢献してるじゃないっスか。奇病だから研究対象でしょ?研究するの拒む人だっているっスよ。でもオレは協力してる。だからこれくらい、聞いてもらえるっス」
「そうか」

 納得できるようなできないような。だが、黄瀬がこれを望んだんだったら付き合うだけだ。黄瀬の横に並んだ笠松は街の明かりを見た。屋上までは街のうるささは届かない。視覚的にはうるさいのに、不思議とここは静かだった。黄瀬も笠松も何も言わないので沈黙だけがその場を支配する。世界に二人っきりのような気がしてしまう。

「綺麗っすね、センパイ」
「そうだな」
「一緒に見れて良かったっス」

 黄瀬が寂しそうに言うので思わず黄瀬の方を見る。その時、黄瀬に違和感を感じた。何が違和感なのか分からなくて笠松は困惑したが、やがてなんなのか気がつく。
 黄瀬の左足がない。病院の服の、膝から下がない。確かにそこには黄瀬の足があったはずなのに。

「黄瀬……。お前、あし……」
「あ、ばれちゃったスか」
「どうしたんだよ、おい」

 動揺する笠松に対して黄瀬は随分と落ち着いていた。ここ一週間は忙しくて来れなかったが、その間に何があったと言うのだ。

「オレの病気、体がガラスになるっスよね」
「ああ」

 黄瀬がぎこちなく右腕をあげる。服の下の手がガラスになっていて透けて向こう側が見える。黄瀬の右手はまだガラス化が始まったばかりなので手首までしかガラスになっていない。だが、もう腕を動かすのは難しくなり始めていて、もうすぐ腕もガラスになるだろう。

「ガラスになった体は最終的に砕けて散ってしまうみたいっスよ」
「そんな……」

 それはすなわち、病気が進行した末に黄瀬が死ぬことを示している。

「オレ、きっと最後は砕け散って死体も残らないっス。だから、センパイと一緒にこの街の明かりを眺めたかった。白い病室じゃなくて、明かりが沢山あるところ。あの時のバスケ部みたいに輝いてるものを見ながら」

 笠松を見上げる黄瀬が泣きそうに笑って言った。

「センパイの中にはオレを残してくださいっス」

 何も言えない笠松はただ、頷いた。黄瀬になにをすることができるだろう。笠松は黄瀬のように笑えなかった。


 砕け散る運命






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