心臓を捧げるなら誰が良いですか、と聞かれたら迷わず緑の愛し人を心に浮かべるだろう。最愛の人の心臓に自分の心臓がなれるならそれは幸せなことだと高尾は思うのだ。愛する人の一部となってずっと傍に居られたらそれはとても幸せなことだろう。彼の心臓になれたら、命の火が燃え尽きるまで、彼を生かし続けることができる。そして、命の火が燃え尽きる時、自分は彼と共に人生を終える。
 素敵なことだろうと高尾は思うのだ。愛する人とずっと添い遂げることのできる心臓になりたい。彼が楽しい時は共に高鳴る。彼が悲しい時はゆっくり脈打つ。彼と思いを共にすることができる。素晴らしいことだ。
 心臓を捧げるなら誰が良いですか、と聞かれたら迷わずその質問を斬り捨てる。たとえどんな人にも自分の心臓を捧げるつもりはないと緑間は思うのだ。自分は他の誰でもない自分であって、誰かの一部になるなんてことは愚かなことだろう。誰かの一部になった時点で自分はもはや自分ではない。そこで緑間と言う存在は人生を終える。
 愚かなことだろうと緑間は思うのだ。誰かの心臓になったって、そこに緑間の意思はないのだから誰の心臓にもなりたくない。楽しい時は高鳴る。悲しい時はゆっくりと脈打つ。それは誰かの心臓になってしまえば緑間のものではなくなる。愚かなことだ。

「オレは真ちゃんの心臓になりたいな」
「何をバカなことを言っているのだよ。夏に溶けた脳みそはもう元には戻らないのだな」
「ひっでえ。オレの脳みそ溶けてないけど」

 そろそろ秋が始まる。涼しくなり始めた空気ぶるりと身を震わせてくる。澄んだ空は天高く果てしない宇宙へと人の心を誘うようだ。

「第一何故いきなり心臓の話など始めるのだよ」

 緑間はもはやデフォルトになっている不機嫌さで言葉を口にする。その不機嫌さは高尾にとってもはや不機嫌ではないので、不機嫌さを気にしないで問われたことへの回答をする。

「えー、授業で臓器移植の話したじゃん。オレはオレの内臓が誰かのものとして働くのって全然想像できないんだけど、真ちゃんの心臓になれるんだったら、それはそれでいいかもって思って」

 あっけらかんと言う高尾はいつも通りで、緑間は返答に困る。話の重さと高尾の軽さが緑間の中でつり合いがとれない。

「どうしたの真ちゃん。そんなに難しそうな顔しないでよ」
「そんな顔をさせたのはどこのどいつなのだよ」
「え。……ごめんて」

 高尾が困ったように眉を下げる。どうやって緑間を扱おうか考えている顔だ。緑間はその顔が好きだと思う。自分に高尾の意識が完全に向いているから。

「オレの心臓になったところでオレはありがたがったりしないのだよ」
「そう?」
「お前の心臓はお前のものだ。オレの心臓になったらお前はいなくなるのだよ。そんなのは認めん」

 ふい、と空に視線を向けながら緑間は言う。お前がオレの心臓になったところで嬉しくもなんともない。そう口にしそうになって口をつぐむ。何故だか言うのは惜しい気がして。

「それってさ、オレがいなくなるのが嫌ってこと?」
「どうしたらその解釈が成り立つのだよ」
「あ、真ちゃん今のは誤魔化しだな」

 高尾が嬉しそうに笑いかけてくる。

「大丈夫大丈夫。オレはそんなに簡単にいなくならないから」
「そうでなければ誰がオレにパスを回すのだよ」
「オレがずっとパスするって」

 それを聞いて満足そうな表情が一瞬緑間の顔に表れる。高尾はほっとしながら次なる話題を口にした。
 緑間は高尾の心臓をいらないと言ったが、それでも高尾は緑間の心臓になることに少し憧れを感じる。緑間の中で脈打つ心臓になったとして、自分の意識がなくなってしまったとしても、緑間を生かす一部になれるなら幸せなことだと思う。
 どんな形でも、緑間の傍に居させてくださいと、いつも願っているのだから。

 左胸の人生






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -