別れてくれと言わなければならないことは緑間にとって身を引き裂かれるくらい辛いことだった。親にバレることがなければ一生このままこの関係を続けられたのだろうか。今となっては知ることのない話だ。緑間はいつかのようにただ一人雨の中立ち尽くしている。あの時と違いもう誰も迎えに来てはくれない。迎えに来てくれる高尾はもういない。雨が桜を散らしていく。花かい恋だった。辛いことも楽しいことも全てが高尾と共にあった。でもこれからは高尾はいない。
「別れてくれ」
絞り出した言葉ははっきり分かるくらい震えていた。高尾はなんとなく察していたのだろうけれどそれでもひどく傷ついた顔をしていた。
「別れようっていうのかよ……」
「……」
今にも泣きそうな顔をするから余計に緑間の心は血を流す。泣きたいのはこっちだと言う訳にもいかない。唇を噛みしめてから言葉を発する。
「両親にオマエとの関係が知られてしまったのだよ。別れろと言われた」
「そんで、真ちゃんは従うの?オレたちの仲ってそんなものだったの?」
高尾が悲痛な声で詰め寄る。胸ぐらをつかまれて揺さぶられる。いつもの高尾からは考えられないくらい荒々しい姿は緑間への愛ゆえだと分かるだけに辛い。詳細を話すのは口下手な緑間には難しいことだったがそれでも言わなければ高尾が納得するとは思えない。包み隠さず言うことが高尾に対する誠意だと分かるくらいには緑間は成長していた。それが高尾のおかげだった。
「別れなければ高尾に害が及ぶと言われたのだよ。オレは……、オレは高尾を傷つけたくない。たとえ離れたとしてもオマエに害が及ぶようなことはできないのだよっ……」
ぐっと涙を堪えて緑間は叫ぶ。
両親に説得を試みたもののそれは無駄だった。父親が烈火のごとく怒り手が付けられないほどであった。緑間の言葉など何一つ届くことはなかった。母親もこんな子に育てた覚えはないと泣いた。医者の父と貞淑な母。どちらも人格者だと思っていた。両親を尊敬していたし、好いていた。期待に応えたいとも思っていた。両親に対していい子であろうと思っていた。こんな形で裏切ってしまったのは申し訳ないと思う心もあったがそれ以上に両親の態度に失望していた。心のどこかで両親は高尾との関係を認めてくれると思っていたのだ。だったらいっそ家を飛び出してしまおうと思った。とんだ親不孝だがそれでも高尾と一緒に居たかった。それなのに、高尾に害を与えると言葉の端にチラつかされてはもう抵抗などできなかった。
「なんでだよ……。なんでこんなことに」
高尾が緑間の服を手放して崩れ落ちる。理不尽に対抗するすべなど高校生が持ち合わせているわけがない。どうしようもなかった。
「卒業まで、卒業までは許された。だが、卒業したら、別れてくれ」
緑間は絞り出す様に言った。高尾は泣き崩れてしまって何を言っているのか分からない。膝をついた緑間に抱きついた高尾はただただ泣いた。
卒業の日、高尾と別れた。またね、と約束とも言えないような約束をした。叶えられることのない約束に緑間は頷いた。
春、進学した。携帯電話の電話帳から高尾の名前が消えた。冷たい雨の降る日だった。
桜散らす雨に涙