待ち合わせはいつも同じ駅の時計の下に午後一時。ちょうどよい暖かさの日光の下、黄瀬は静かに黒子を待っている。モデルをやっているだけあって黄瀬は時間に厳しい。その性格から時間にルーズという印象を与えやすいが実際は時間をきっちり守るのである。それに加えて今日待っている相手は黒子である。黒子を待たせるなんて論外、というのが黄瀬の主張だ。黒子も時間を守る性格であるから待ち合わせの時間より早めに時計の下に立つ。

「黄瀬くん」

 いつも通りの影の薄さで黒子が現れる。何回経験してもこの瞬間だけは慣れることができない。ビクリと肩を震わせてから黒子の姿を見つける。目の前に来たのだろうか。どうしても黒子の姿を見つけることができなくて、黒子の方から声をかけてもらわないとその姿を見つけることができない。見つけたいのに。

「今日も早いですね」
「たまたまっスよ」

 自然に笑みがこぼれる。その身長差から上目づかいになる黒子にときめいてしまうのはどうしようもないことだ。それくらいは許して欲しいといつも思う。

「すみません、チケット譲ってもらって」
「いいんスよ。オレ一人で見ても多分内容がよく分からないし。これって文学小説が原作って聞いたし、黒子っちと見れば楽しいかなって思ったんスよ」

 そう言えば黒子の表情が柔らかいものに変わる。その変化を見逃さない。
 モデルをしていていいことは他のモデルを通して色々なチケットを譲ってもらったりいち早く新しい情報が手に入ったりすることだ。この映画の試写会チケットはモデル仲間から譲ってもらったものだ。何やら良く分からないけれど文学小説が原作の映画らしい。すぐに脳裏に黒子の姿が浮かんだ。特にその映画に興味があったわけではないモデル仲間に頼んで譲ってもらった。早速黒子にメールをしたら普段とは比べ物にならないくらい早い返信が返ってきたあたりに黒子の喜びようが窺い知れる。

「この映画見たかったので嬉しいです。試写会のチケット、手に入れるの大変だったんじゃないですか?」

 偶然手に入れたと言ってあったにも関わらず黄瀬がわざわざ手に入れてきたのを気がついているようだ。でも真実を伝えるのはなんだか気恥ずかしい。

「偶然っスよ」
「ありがとうございます」

 これは真実を悟っている気がするなぁと思いながらも黒子の感謝の気持ちを素直に受け取る。余裕を持って待ち合わせはしているが早く行くのにこしたことはない。どちらからともなく歩き出す。はぐれないように黒子に意識を集中しながら歩くのは慣れたことでスムーズにできる。人を避けるのが得意な黒子と一緒に歩くと上手く人を避けることができるので得をした気分。

「黄瀬くん、今日はやけに機嫌がいいんですね」
「そりゃあ黒子っちと映画に行けるっスからね」
「そうですか」

 そっけない言葉で視線を余所にやってしまうが照れてるのではないだろうか。なんとなくそう思う。自惚れではないはずだ。
 時計の針は一時を少し過ぎたくらい。降り注ぐ日光はやわらかく暖かい。黄瀬の心もほんわりと温かい。今日は良い日になりそうだ。



 時計下の午後一時






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