朝の一杯はいつもコーヒーと決まっている。それが緑間のいくつもある日々の決まりの内の一つだ。緑間の決まりはいつだって高尾の思っている範囲をやすやすと飛び越えて面白い世界を見せてくれる。
大学に入ってそこそこ近い大学に進学した二人はルームシェアすることにした。一方的に高尾が持ちかけた話であり、緑間は随分迷ったみたいだが最終的には承諾してくれた。
 二人の生活は大学も学部も違うためすれ違うこともあったが今では上手くやっている。緑間は医学部に入った。バスケはやめてしまったがそれでも時々ストバスで一緒にバスケをする。
「おはよー、ってあれ?」
 起きてみればいつも隣にいるはずの緑間の姿がなかった。今日は緑間は午後からしか授業がないはずだ。高尾も二限からしか授業がないためゆっくりできる。とはいえ、規則正しい生活を心がける緑間に合わせて早起きする。朝ご飯を作るのは高尾の仕事だ。緑間に料理をさせるのはいささか怖いものがある。だから、一緒に作る時間があるときならばともかく朝は一切台所には立たせないと高尾は決めている。
「真ちゃーん」
 高尾は緑間の名前を呼びながらリビングに出る。そこにも緑間はいない。
「真ちゃーん」
 もう一度名前を呼んでみる・
「なんだ、もう起きたのか」
 ひょっこりと緑間が台所から顔をのぞかせる。高尾は内心焦った。
「真ちゃん、台所で何やってるの」
 変な思い付きで包丁でも握ってしまったらどうしよう、と高尾は慌てて台所に入る。だが、高尾が心配していたようなことはなく、緑間は包丁を握っていなかった。そのことに高尾はほっとする。バスケをやめたとはいえ緑間の手は大切だ。この手はやがて人を救う手なのだから。それ以上に高尾が愛する人の手。傷ついて欲しくなかった。
「真ちゃんが台所にいるなんて珍しいな。なにやってんの」
「オレが台所に立ってたらおかしいか?オレだって台所には入るのだよ」
 少しムッとした様子で緑間が睨みつける。
「大体、高尾はオレに対して過保護すぎるのだよ」
「いやだって、真ちゃん危なっかしすぎるんだよ。この前指切りそうになったじゃん」
 高尾の言ったこの前に心当たりがあるのか緑間が苦い顔をする。
「高尾、せっかくお前の分までコーヒーを入れたのだがいらないのだな」
 そう言って緑間は高尾のマグカップを持ち上げた。高尾は驚く。緑間が高尾のためにコーヒーを入れたことなんてない。どういった心情の変化なのか。
「え、いりますいります。ありがとう真ちゃん」
 慌てて謝る高尾を一瞥すると緑間は二人分のマグカップを持ってリビングに移動する。高尾は緑間の後について行く。
 緑間はローテーブルにマグカップを置くと高尾に座る様に促した。高尾が素直に従うと少し満足そうな表情をする。緑間はそのまま机の傍に置いてあった鞄をごそごそと漁りだした。
「真ちゃん?」
 高尾は不思議に思って緑間に声をかける。緑間は鞄からラッピングされた袋を取り出した。
「誕生日、おめでとうなのだよ」
 ぶっきらぼうに袋を差し出す。高尾は驚いて口をパクパクさせる。
「……何を驚いているのだよ。今日はオマエの誕生日だろう」
「もしかして、コーヒー淹れてくれたのも誕生日だから?」
 緑間が頷く。
「オレはオマエと一緒に暮らせて良かったのだよ。これからもよろしく頼む。……和成」
 衝撃で高尾が固まる。今まで名前で呼ばれたことがなかった。
「真ちゃん……」
 高尾の目に涙が溢れてくる。
「真ちゃん、ありがとう真ちゃん」
 バッと緑間に抱きつく。そのままありがとうを繰り返し繰り返し言い続ける。目から涙が止まらない。
「オレの方こそ、これからもよろしくね」


 朝のコーヒーは涙の味







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