真っ赤なリンゴを食べたら楽園を追放される。それは常識中の常識。それでもリンゴを食べたくなるのはひとの性だろう。緑間真太郎はリンゴを食べた。リンゴはとてつもなく素晴らしいものを緑間に与えてくれた。どこからでも入るシュート。努力だけでは手に入らない、まぎれもなく贈り物と言える能力。その代償に緑間は楽園を追放された。
 ただの努力家で、ちょっと変わっていて、少しだけ才能があった。それだけだったのに。楽園は確かにそこにあったのに。ほんの出来心だ。リンゴをかじってしまったがために楽園はもう帰れない彼岸へと姿を変えた。同じようにリンゴを食べた仲間たちともやがては離ればなれになってしまった。気がつけば緑間は独りになっていた。
 世界はとても不安定で緑間に優しくない。楽園の中にありながら独り楽園とは隔絶された世界に住む緑間は誰とも相容れない。常に独りリンゴを食べた罰を受け続けるのだ。

「しーんちゃん。どうした?いつにもまして辛気臭い顔してる」
「余計なお世話なのだよ」

 楽園の楽園らしい住人であると緑間が思う人、高尾和成は今日も緑間に近づいてくる。他の人間が楽園を追放された存在である緑間を遠ざけながら扱うと言うのに、高尾だけはそんなことを気にしないで近づいてくる。
 楽園と重なりながら存在する緑間の楽園でない世界。とても脆くて崩れ落ちそうなのに崩れ落ちない。どこまでも頑丈に緑間を拘束する世界。わずらわしくて壊してしまいたいのに壊れない。この世界は緑間に与えられた罰なのだ。

「なあ、どうしてそんなに悲しい顔をするんだよ」

 高尾は何も知らないでそんなことを言う。緑間は楽園を追放された人間だと気が付いていないのだろうか。

「オマエは何故オレにかまうのだよ。オレの事なんて気にしなければいいのだよ」
「…だってそう言うわけにもいかねーし」
「なにがだ」

 高尾の言うことはいつも分からない。今日も今日とて分からない。何故高尾は緑間に心を砕こうとしているのか。緑間は理解できない。

「な、この世界はオマエに優しくないんだろう」
「なに、を…」

 突然、緑間を悩ます問題に触れてくる。緑間は動揺して言葉が上手く出てこない。高尾の目は真剣そのもので、緑間は冗談ではないことを知る。

「なあ、オマエは楽園を追放されたんだろ。オマエのこの世界は辛くて苦しいんだろ。だったら…」

 オレと逃げ出そうよ。

 突然の提案は緑間が困惑するには十分だ。どうして高尾はそんなことを言うのだろう。逃げたってどこにも行けないのだ。楽園にはもう帰れない。帰れない彼岸以外に世界なんてあっただろうか。

「そんなことは、無理だ」
「無理じゃねーよ。オマエが望むなら、オレはオマエを違う世界に連れててやれる」

 冗談を言っている目ではないことは緑間にも十分理解できる。笑って差し出された手を振り払うのは感嘆だっただろう。だけれども、緑間はその手を取った。僅かな奇跡を望んでその手を取った。

「じゃあ、行こうぜ。この世界にさよならだ」

 笑った高尾に緑間は頷く。
 すっと寄せられた唇を拒みはしない。静かに目を閉じる。
 きっと目を開けたらそこは追放された世界でも楽園でもない第三の世界があると分かっているから。
 王子様は世界を飛びこえる魔法を持っている。だから安心して魔法にかかるのだ。


 王子様だけの魔法







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