第3話
そいつがやってきたのは、いつだったろう。松陽が村の子供たちに手習いを始めてからいくらか経った頃だった。道場破り、というか、銀時を倒すべく毎日うちに通ってきていた。銀時にボコボコにされた彼を手当するのは私の役目で、全くもっていい迷惑だった。めんどくさい。
「動かないで。ちょっと!赤子じゃあるまいし大人しく手当されなさい!」
女の私にそうされることが不服だったのか意識がある場合はいくらか抵抗されたけれどそれもはじめのうちだけだった。無理矢理にでも手当するうち観念したらしい。
「お前も強いのか」
「べつに、強くないけど」
「嘘だろ。銀時と互角らしいじゃねえか」
「それはちょっと前の話、もう敵わないでしょ、たぶん」
「俺よりは強いか」
「さあ‥‥強くないんじゃない?」
「じゃあ俺と戦え」
「バカじゃないの?寝ろ」
日に日に増えていく傷を見るのは楽しいものではない。私は彼の、高杉の頭を抑えて無理矢理枕に押し付けた。少しだけ抵抗されたが思ったよりあっさりと力を抜かれた。
「2時間くらいしたら起こしてあげる。寝て」
「‥‥わかった」
思ったより素直に高杉は目を閉じた。私はおやすみ、と言って彼のいる部屋を出た。

居間では銀時が刀を肩に立てかけ、誰かと話していた。あまり聞かない声だ。私はそちらを少し覗き込んだ。なにやら見ない顔がいる。同い年くらいの髪の長い少年。出ていこうかと迷っていた時だった。
「わっ!」
「っ?!」
突然後ろからそう声をかけられ心臓が跳ね上がる。私は大きく肩を揺らして反射的に振り返った。そこには松陽がいた。
「な、なに、」
「いやあ、出ていかないものなのかと思いまして」
「それで妙な世話を?余計な手間を‥‥」
「すみません、思ったより驚かせてしまったようで。お茶でも飲みます?」
「‥‥‥‥飲む」
お饅頭出しますね、銀時たちも食べますか、と松陽は囲炉裏に日をくべた。銀時ともうひとりはいると返事をして、客人の少年の方が私の方を見た。
「高杉の怪我をみてくれたのか」
「あ、うん、そうだけど、誰?」
「桂小太郎だ。なに、高杉は俺の連れでな」
「ああ、そうなの。高杉、今寝てるよ」
「後で連れて帰る。お前の名はなんという?」
「理沙」
「理沙。そうか、よろしく頼む」
そう言って桂は私に手を差し出した。私はその手を握り返す。
「気をつけろよ、そいつ、女の振りしたゴリラだから」
「む、なんと、そうであったか」
「何納得してんの、馬鹿じゃないの」
桂にそう言いながら銀時の頭を蹴り飛ばす。ゴリラじゃねえか!とキレられたが無視することにする。銀時の失礼な態度は出会った時からずっとだ。
「理沙、はしたないですよ」
「うるさい」
「反抗期ですか‥‥悲しいですね」
「駄目だぞ理沙、親を悲しませるのは」
桂がふてぶてしくそう言った。なんなんだこいつ馴れ馴れしいな。
「松陽はべつに親じゃないし」
「む、違うのか?てっきりそうだと思ったのだが‥‥。戦災孤児の類か?」
「デリカシーないなお前‥‥まあそうだけど」
何の逡巡もなく聞けることか、それ。と思ったが桂は続けた。
「理沙は繊細なタイプには見えなんだが、気に触ったか。すまない」
素直に謝られて少し驚いた。
「別にいいよ、うん、確かにそんなに気に触ることでもないし」
私は座って、松陽のいれたお茶に口をつけた。桂も私の隣に座る。銀時と松陽は既に饅頭を黙々と食べていた。
「貴方は戦災孤児なんかを無差別に拾っているんですか?」
桂がそう言った。松陽は饅頭を食べる手を止めていいえ、と答えた。
「銀時も理沙も偶然ですよ。そんなに沢山養えませんし」
「なるほど」
桂は頷いてお茶を飲み干した。なんの意図の質問だったのだろう。ただ単に会話を続けるためだろうか。
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