第1話
うつせみにうつろう、どうしようもなく昏い、淵を垣間見るような、そんな目をしている人だった。
私にはその人が終始ニコニコと笑顔でいる理由がわからなかった。彼の笑顔がどこから来たものなのか、それがわからなくてただただ不気味に思った。けれど彼は私の恩人であり、師であり、家族、のようなものだったと思う。だから彼を慕っていたことは間違いないし、彼と生活していた時間は間違いなく幸福だった。もう20年以上も昔の話だけれど、今でも自信を持って言える。

彼がそいつを連れてきたのはいつだったか。私が彼に生き永らえさせてもらって、見知らぬ土地で生活を始めて少したった頃だったと思う。血に濡れた瞳で私を見つめてくる銀色の同じ年の頃のこども。そうは言っても私もそいつも、生まれた年が不明瞭なので年齢は大方だったが、私と同じか少し下くらいの男子を彼は、吉田松陽は背負って帰ってきた。
私も大概無愛想だけれど、坂田銀時というらしいそいつも愛想は良くなかった。酷く格好が汚れていたから風呂にいれて服を洗濯して、それでも汚かったから新しいのをこさえて、食事を用意した。松陽と暮らすうち、身についたことだった。銀時は私に小さく礼を言った。
松陽は私や銀時に手習いをした。と言っても銀時はあまり勉強には興味がなかったようで、武芸、剣を主に習っていた。
年齢に対して銀時はおそろしく強かった。まあそれでも松陽にはかなわなかったけれど。私は、武芸は身についていたけれどあまり使いたいとも思わなかったので少しだけ稽古した。今まで身につけたことを忘れないようにする程度のものだ。
1度だけ、銀時に挑まれたことがある。
銀時の動きに型は無く、私には昔から染み付いている型があった。真剣勝負というものをあまりしていなかったせいか、銀時の剣には押された。
けれどいつまでたっても決着はつかず、お互いにぜえぜえと息を切らして、そこに松陽が割って入って対決は終わった。夕餉の時間ですが、その前にお風呂に入った方が良さそうですね、と言った。
汗だくで臭くて汚いと私と銀時は2人で風呂に押し込まれた。幼かったし、お互いに異性としての意識はなかった。と思う。私はなかったのだけれど、銀時は妙に下ネタをふっかけてきたから彼にはあったのかもしれない。まあ息をするように下ネタを吐くやつだからあまり気にならなかったけれど。
「なんでオメーそんなに強いんだよ、松陽もだけど」
「私はそんなに強くない。松陽は化け物だけど」
「俺と引き分けといて強くないとか言うんじゃねー。俺まで強くないみたいになるだろ」
「松陽と比べたらアンタも別に強くないでしょ」
「アレを比較対象にすんのは間違ってんだろ」
「そう?目指すんならあれくらいがよくない?」
「よくねーよ。お前は目指してんのかよ」
「まさか。私は剣をとるの、あまり好きじゃないし」
そう言えば銀時は顔を顰めた。お前の力でそれ言うかゴリラ女。と失礼なことをボヤかれた。桶を頭に投げたら見事な音がして銀時はひっくり返った。
「言葉には気をつけろよ粗チン」
「オメーがな!!!」
投げ返された桶をひょいと避けて浴槽を出た。俺は粗チンじゃねーし今にでかくなるとかボヤく銀時は私の入った後の浴槽に入っていった。
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