愛の言葉を知らないふたり2018年11月サンプル

・次男中心まとめ2
木鳴の家に養子に行く次男の見える世界は他とはちょっと違う。


次男の納得【世界との距離感】


 頭がぐらぐらして、膝から崩れ落ちそうになる。
 祠が壊されたのか、地蔵の首が落ちたのか。
 とにかく、山が荒れていた。
 
 下鴨の別荘から自転車で三十分ほどの山。さすがに下鴨の所有地ではない山は異常だった。
 季節外れの花が咲き、熟れた果実の甘い匂いが充満している。
 とてもじゃないが手に負えない。
 
 依頼は視察だったので異常だと伝えて応援を待つべきだが、コウちゃんが近くにいると思うと放置できない。
 自転車で三十分なんて安心できる距離とは言えない。
 力がある自分が何とかしなければならない。
 
 師匠である祖父は必要なことを何一つ教えてくれない。
 いいや、久道さんのアドバイス通り、ヒロくんの近状を話すと口が軽くなるかもしれない。
 さすがに師匠的なサポートがなければ命を落とす場面が何度かあったので、コミュニケーションをとる努力をしてもらいたい。もともとが、口下手だとしても人殺しのような強面な顔の無言の男と一緒にいるのは気疲れする。ヒロくんの話をすると表情を柔らかくするので、そこは和む部分ではある。
 
 祖父と会うのは仕事の時ばかりなので特に表情が怖い。隙を見せたら命とりになる現場だと分かっていても、近くに居づらい。
 
 自分がヒロくんと一緒にいられない原因が木鳴の宿命だと思っているからか、木鳴としての役割に誇りを持っているように見えない。木鳴の仕事に誇りなどなかったからこそ、ヒロくんには継がせたくないと思ったのだろう。そして、ヒロくんに木鳴の家のことを何一つ教えていない。自分の心情を含めて余計なことだと思っているんだろう。
 
 何も知らないヒロくんを羨ましく思ったり、木鳴としての仕事に関われないヒロくんに優越感を覚えることはない。
 けれど、ときどき思うのだ。
 ヒロくんは俺よりもこの仕事に適しているんじゃないのかと。
 
 ヒロくんが久道さんと長期休暇のたびに各地を巡ったという話をコウちゃんから聞いている。
 
 コウちゃんからすると自分を連れて行ってくれなかったという不満の吐露だが、久道さんから聞いた限りヒロくんが巡っていたルートは木鳴が敷いた結界だ。何も教えられていないのに俺が一人前になるために通らなければいけない道として渡された地図と同じ道をヒロくんは中学生の段階で歩んでいる。
 
 木鳴の人間として認められるのは血だけでは足りない。
 いくつもの試練をクリアしていかなければいけない。
 文武両道であり、理性的であり、正しく世界を見つめられる瞳を持たなければならない。
 木鳴の血を受け継ぐ者は、木鳴の名を使役する人間だ。
 
 ヒロくんの血縁関係のない弟と妹たちは木鳴のための駒として集められた。
 彼らは特異な力を持ち合わせているせいで家族に捨てられて木鳴に買い取られたり、引き取られた。
 昔は才能を見出されて丁稚奉公と言えたかもしれないが、現代では通用しない。
 木鳴の当主が世界を見極めるための情報を収集するために彼らを権力者の下に潜りこませる。
 彼らに自由意思はない。木鳴の目として生涯を捧げている。そんなこと、今の世では恵まれない出生だとしても無理だ。

 昔は木鳴しか居場所がなく、木鳴という組織に属することを当たり前に思えたかもしれないが、現代では通用しない感覚だ。マイノリティに寛容であるように世界は動いている。人を迫害や差別をしてはいけない。
 
 だから、祖父は木鳴とは違うあたらしい組織を作り上げた。
 表向きは警備会社。裏の顔は便利屋のようなトラブル処理係。
 トラブルの八割近くが霊障への対応だ。人間同士の揉め事は他の会社や警察に持っていく。
 木鳴にとっての霊障とは、人以外が及ぼす物理的な影響力を言う。
 妖怪とかモンスターとか形があるものから、幽霊のように見えるのか見えないのか存在が不確かなものでも、場に影響を及ぼすのなら排除しなければならない。地域によってはエクソシストや祓い屋と呼ばれるが、やることは変わらない。
 
 共通の無意識による思念体の融合というのは、街中でもよく見かける。
 
 意識するとそういった目には見えないものにコウちゃんが襲われそうになっていることが一度や二度ではないと知る。
 生きているだけで、外を歩いているだけで、コウちゃんは他人から妬まれる。
 妊娠中や出産直後などヒロくんがコウちゃんを家の中に閉じ込めていたことが正しいとは言わないけれど、弱っていたら目に見えないものに食い殺される可能性は十分にあったんじゃないだろうか。
 
 コウちゃんの危うさに危機感を抱く一方で、安心もしていた。
 
 妬みの思念を打ち消すほどにコウちゃんはパワフルだ。
 若々しすぎて心配になる瞬間もあるが、大人ぶって底なし沼に近づく必要などない。
 コウちゃんは他人への好き嫌いが残酷なほどに明確だ。
 そのことが精神的な防波堤になっている。
 他人の思念におもねらない。これはとても難しく、けれど、大切なことだ。
 
 向けられる感情をいちいち処理していては身が持たないので切り捨てるのが正しい。
 コウちゃんはそれを知っているので、他人の言動に合せない。社長業をしているので今は常識の範囲で相手に合わせることも覚えているかもしれないが、大切なところを譲らない。
 コウちゃんの中にあるたった一つの大切なことが穢されなければ大丈夫だ。コウちゃんは誰にも支配されないし、誰にも傷つけられない。
 
 妬みの思念なんていうのは人が吐き出す二酸化炭素だと思うしかない。
 
 



次男の納得【両親との距離感】


 会いたくて会いたくて、恋しくて、苦しくて。
 彼のためなら何でもできる。
 彼と共にいるために何だって差し出したい。
 彼だけが自分のすべてだ。
 
 
 強烈な精神汚染に思わず吐いた。
 
 俺に対する攻撃というよりも無差別に思念を振りまいている。
 撒き餌だろうか。
 俺が受信したのがバレたのか、何かが近づいてくる気配があった。
 
 濃い霧の中、甘い匂いが強くなる。
 幻覚作用がある香がたかれているかもしれない。
 待ち人が来ないという心情は切ない。
 
 霧の中にいた人影に思わず「コウちゃん」と呼びかける。
 失敗したと頭の隅で冷静な俺が判断する。師匠に言われた言葉を忘れたわけじゃない。
 仕事の最中に大切な人のことを思い出してはいけない。
 妖怪も魔物もずる賢いので一番大切な相手に化けて惑わそうとしてくる。
 
 師匠がヒロくんと一緒に生活をしないのもヒロくんの形を敵に使われないためであり、ヒロくんの形をした敵を敵だと思って倒すためだ。
 
 分かっていたのにきっと不安感から俺はコウちゃんを呼んだ。
 俺に微笑みかけるコウちゃんはコウちゃんじゃない。
 ヒロくんの横顔にキスするときの艶っぽさのある小悪魔的な微笑み。
 俺に向けられないヒロくんを思っているコウちゃんの表情。
 
 近づいてくる下鴨康介の形をした別物を俺は振り払えない。
 




・弘文×康介中心3

弘文と康介【康介の手入れ】
※下鴨家【続・爪の手入れ】の夜ぐらい。

 弘文がオレに優しくないと訴え続けたら寝室に連れて行かれた。
 爪のお手入れをしてくれるのかと思ったら、違った。いいや、違っていないはずなのに違う。
 
 ベッドに座るオレの足元にいる弘文。
 自分の膝の上にオレの足を乗せてオイルをぶちまける。
 足の指と指の間、くるぶしからふくらはぎにかけて、弘文の指がオイルをすり込むように動く。
 爪を切る必要がなく、綺麗だから磨く必要もなかったから、足のマッサージをしてくれているのだというのは分かる。
 マッサージなのだと分かっているのにときどき上目使いでオレを見る弘文にドキドキする。
 
 ツボを押されている気がするけれど、痛くない。目の前の弘文のことで頭の中がいっぱいになる。弘文がオレに奉仕しているその状況にときめきが止まらない。体がポカポカしてきて、つまらないとすねた気持ちになっていたのが消え失せた。
 
 昔は何だか、わがままを言いだせなかった。
 弘文をわずらわせたら、そこで本当の終わりが来る気がした。
 今はもう軽口でもなんでも口に出していいのだと分かっているので止まらないが、それでも、こんなことをされると何も言葉が出てこない。
 
 オレの足の指の間を弘文の指が埋める。
 
 オイルがくちゅくちゅと水音を立てるのがすごくエッチなものに感じてしまう。
 弘文の指が足の爪の周りを撫でるのが、くすぐったい。気持ち悪いのではなく、気持ち良すぎて体が震えて落ち着かなくなる。枕を抱きしめていると弘文に「寝室に来てよかっただろ」と言われた。





愛の言葉を知らないふたり 2018年11月【7つ記事分】
・次男中心まとめ1 (12356文字)
・次男中心まとめ2 (10801文字)
・弘文×康介中心2 (10603文字)
・康介中心まとめ4 (10990文字)
・下鴨家まとめ4  (11287文字)
・弘文×康介中心3 (9068文字)
・弘文×康介中心4 (9490文字)
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